「経営者と従業員では、考え方が違う」
よく聞く言葉です。
でも、その違いが何なのかは、案外あいまいなまま語られています。
責任感の違いなのか。
覚悟の違いなのか。
器の大きさなのか。
そう見えることもあります。
けれど、もう少し構造で見ると、違いは別のところにあります。
経営者と従業員の違いは、性格でも、気合いでも、勇気でもありません。
現実を、どのレイヤーで見ているかの違いです。
従業員は、与えられた枠の中で最適化します。
評価されるか。
役に立つか。
失敗しないか。
安定しているか。
すでにあるルールや世界観の中で、どう動くかを考えます。
一方で経営者は、枠そのものを見ます。
何を売るのか。
誰に届けるのか。
なぜそれが必要なのか。
どんな仕組みなら回るのか。
どんな世界観なら人が集まるのか。
つまり、与えられた枠の中で最適化するのではなく、枠そのものを設計対象として見ているのです。
この違いは、そのまま「怖さ」の感じ方にも表れます。
従業員的な見方では、毎月決まって入ってくる収入が前提になります。
その前提に立つと、「自分でやる」ということは、安定を失うこととして見えます。
すると怖さは、「危険の証拠」になります。
けれど経営者的な見方では、変動は前提です。
売上の波も、反応の差も、試行錯誤も、異常事態ではなく構造の一部として見ています。
だから、経営者には恐怖心がないのかというと、そうではありません。
怖さがないのではない。
ただ、怖さを「止まる理由」として読んでいないのです。
私はこの違いを、ずっと不思議に思っていた時期がありました。
アパレルの店長をしていた頃、社長と話す機会がとても多かったのです。
そのたびに思っていました。
なぜ、この人のものの見方はこんなに違うのだろう、と。
当時の私は、それをまだうまく言葉にできませんでした。
でも、近くで一緒に働き、同じ現実を見ながら話しているうちに、少しずつ何かが自分の中に入ってきた感覚がありました。
今思えば、それは「経営者マインド」みたいな曖昧なものではありませんでした。
現実を構造で見るOSそのものだったのだと思います。
その変化は、あとから振り返るとわかりやすい形で現れました。
2004年、まだ今ほど誰もが発信していた時代ではなかった頃に、店のブログを始めました。
その後、コーチングを学びました。
すると、売上が劇的に上がった。
そしてその延長線上に、独立がありました。
もちろん、ブログを書けば独立できるとか、コーチングを学べば売上が上がるとか、そんな雑な話ではありません。世の中そんなに親切なら、もう少し全員うまくやってます。
ここで言いたいのは、やり方が先に変わったのではない、ということです。
OSが変わった。
だから打つ手が変わった。
打つ手が変わったから、現実が変わった。
私にとって独立は、突然どこかへ飛び出したことではありませんでした。
最初は、経営者の考え方をする人のそばで働く中で、現実の見方が少しずつ変わり始めたこと。
そこから始まっていたのだと思います。
だから私は、「経営者と従業員の違い」を、肩書きの違いだとは思っていません。
経営者でも枝葉しか見ていない人はいます。
従業員でも構造で見ている人はいます。
違いは立場ではありません。
何を問題として見ているか。
どのレイヤーで現実を読んでいるか。
そこにあります。
与えられた枠の中で最適化するのか。
枠そのものを設計対象として見るのか。
その違いが、判断を変え、怖さの意味を変え、行動を変えます。
経営者になることが大事なのではありません。
経営者っぽく見えることが大事なのでもありません。
構造で現実を見ること。
その見方を、少しずつ自分の中にインストールしていくこと。
たぶん、それがいちばん本質に近い。
「経営者と従業員の違い」に決着をつけるなら、答えはここです。
違うのは、能力ではない。
見ているものが違うのです。
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