「自立したい」
「自分で収入を得られるようになりたい」
「でも、考えると怖くなる」
こういう言葉は、よくある。
そして聞いた側も、ついこう思いやすい。
「お金への不安が強いのだろう」
「働くことそのものが怖いのかもしれない」
「自信がないのだろう」
でも、話をしていくと、少し違うことが見えてくる場合がある。
怖いのは、やりたいことそのものではない。
働くことでもない。
表現することでもない。
本当に怖いのは、
いきなり全部を背負うこと
それだけで生きていくこと
逃げ道がなくなる感じ
だったりする。
この違いはとても大きい。
人はよく、
「自立が怖い」
「収入がないのが怖い」
「独立が怖い」
と言う。
でも、その怖さを少し丁寧に見ていくと、
実際にはもっと細かく分かれていることがある。
たとえば、
やってみることはそこまで怖くない
少し試すことならできそう
小さく始めるなら動ける
でも「これ一本で」と思った瞬間に急に怖くなる
そんなことは、よくある。
つまり、怖いのは行動そのものではなく、
一気に人生を変えることを、自分に課してしまうこと
なのかもしれない。
ここが曖昧なままだと、全部が同じ濃さで怖く見える。
やりたいことがあっても、
少し興味があっても、
「でも無理かもしれない」
で止まる。
でも、ここを分けて見ていくと、急に現実的になる。
全部は怖い。
でも、少しならできる。
全部を決めるのは怖い。
でも、一歩目なら踏み出せる。
この差はとても大きい。
人はときどき、
始める前から「完成形」で考えてしまう。
これで生活できるのか。
続かなかったらどうするのか。
お金にならなかったらどうするのか。
最後まで一人でやれるのか。
でも、たいていのことは、そんなふうには始まらない。
最初から全部を背負って始める必要なんて、本当はない。
少しやってみて、
合うかどうかを見る。
動けるかどうかを見る。
続けたいかどうかを見る。
そうやって、少しずつ輪郭が見えてくる。
私は最近、
怖さというのは、なくすものではなく、
サイズを変えるものなのではないかと思う。
怖くないところまで小さくする。
動ける形にする。
いきなり「人生を変えること」にしない。
すると、止まっていたものが少し動き始める。
たとえば、
- まず一回書いてみる
- 誰にも見せなくていいから形にしてみる
- 出すかどうかは後で決める
- 完成させるより、途中まで作ってみる
そんな小さな動きでもいい。
それは遠回りではなく、
むしろ本当の始まりかもしれない。
小さく始めると、
自分の中の「できる」が少しずつ増えていく。
そしてその「できる」は、
ただの成功体験というより、
私はこのサイズなら動ける
私はここからなら始められる
という感覚を育ててくれる。
それが大事なのだと思う。
だから必要なのは、
勇気を出すことよりも、
どこまで小さくしたら、私は動けるのか
を見つけることなのだと思う。
やりたいことがあるなら、
まずはその入口を、小さく作ってみる。
全部じゃなくていい。
大きく変えなくていい。
動けるサイズからでいい。
そこから始まることも、たくさんある。
0コメント