Hitomism 2.0|対話作品 Epi.4 「昭和のニョロを見送る日」

季節に一度、大阪でグループセッションをしています。


一人ずつ話していくのですが、

そこで起きることは、単なる相談でも、感想の言い合いでもなく、

その人の見え方そのものが少しずつ変わっていくような時間になることがあります。


最近、その一場面を

Hitomism 2.0

として、読める形に置いてみています。


昔の Hitomism は、変化した“あと”を物語として残していたものでした。

でも今、私が残したいと思っているのは、

変化が立ち上がるその場のほうです。


今回の「昭和のニョロを見送る日」も、

大阪グループセッションの中で生まれた対話です。


最初は、

真面目にやること、責任を持つこと、ちゃんとしていることが、

いつのまにか「しんどさ」と結びついていた、という話から始まりました。


人のために動いてしまう。

気づくと背負ってしまう。

助けたくなる。

でも、そのやり方のままだと、自分が苦しくなっていく。


そんな話をしているうちに、

場の中で、別の参加者が以前AIとの対話の中で見つけた

「昭和のニョロ」と「令和のニョロ」

という比喩が差し出されます。


自分を縛ってきた古いOSを、

説明ではなく、物語として外に出してみる。

そのことで初めて見えてくるものがある。


今回の対話では、

「真面目さ」や「責任感」だと思っていたものが、

もしかしたら長く一緒にいた古いOSなのかもしれない、

という見え方に変わっていきました。


グループセッションの場で起きた対話ですが、

今回は A と B というシンプルな形で置いています。

A = その回の中心で動いていた人

B = 私を中心とした、場から返ってくる言葉


そんなふうに読んでいただけたらと思います。

Hitomism 2.0「昭和のニョロを見送る日」を読む


なお、ひとつひとつはブログでも公開していきますが、

まとまった形で読めるものは、引き続き Notion に整えてメールレターでお知らせします。

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