最近、想定外の出来事がありました。
私が書いたクラシックコンサートの記事が、思いがけず多くの方に読まれたのです。
最初は正直、「角野隼斗さんの記事だから読まれたのだろう」と思っていました。
もちろん、それは大きかったと思います。
けれど、届いた感想を読んでいるうちに、少し違うものが見えてきました。
感想の多くは、演奏そのものについてではありませんでした。
私がその演奏をどう受け取ったのか。
その見方や感じ方について書かれていたのです。
「そんな見方があったとは」
「言語化ありがとうございました」
「芸術って、評価するものじゃなく受け取るものなんだなとあらためて」「言葉の花束みたいでした」
いただいた言葉を読みながら、私は改めて思いました。
これからの時代、人間の価値は「知識」ではなく、「体験」に戻っていくのかもしれない、と。
AIは知識を民主化した
AIが登場してから、多くの人が不安を感じました。
文章を書く仕事はなくなるのではないか。
知識を教える仕事はなくなるのではないか。
相談業もなくなるのではないか。
確かにAIは優秀です。
質問すれば答えてくれます。
要約もしてくれます。
整理もしてくれます。
文章も書いてくれます。
つまりAIは、知識へのアクセスコストを劇的に下げました。
昔は調べるだけでも大変だったことが、今は数秒で手に入ります。
これは大きな変化です。
では、人間は何をするのか
私は最近、芸術の楽しみ方が変わってきました。
以前は、理解しようとしていました。
知識を増やそうとしていました。
音楽を聴く時も、美術を見る時も、どこかで「ちゃんとわからなければ」と思っていた気がします。
でも今は少し違います。
まず体験する。
まず感じる。
まず受け取る。
わからないことがあれば、後からAIに聞く。
そんな順番になりました。
たとえば私は、クラシックコンサートへ行く前にAIに質問します。
「この曲はどんな視点で聴くと面白いですか?」
「どんなところに注目すると味わいが深くなりますか?」
するとAIはヒントをくれます。
でも実際に音楽を聴くのは私です。
心が動くのも私です。
AIは体験の代わりはできません。
体験を豊かにすることはできる。
でも、体験そのものにはなれない。
ライフコーチも同じだった
私は20年以上、人の話を聴く仕事をしています。
そして最近、この仕事も同じだと思うようになりました。
AIは情報を整理できます。
要約もできます。
分析もできます。
でも、その人が何を感じたのか。
なぜそれが心に残ったのか。
その出来事にどんな意味があるのか。
そこは、人間の領域です。
ライフコーチの仕事は、答えを教えることではありません。
その人の体験の中にある意味を、一緒に見つけることです。
だから私はむしろ、AI時代になるほど、この仕事の価値は上がると思っています。
聴く人。
受け取る人。
意味を見つける人。
言葉にする人。
今回の記事にいただいた「言語化ありがとうございました」という感想は、まさにその象徴だった気がします。
読者が求めていたのは、知識ではありませんでした。
一人の人間が体験をどう受け取り、どう言葉にしたのか。
そこだったのだと思います。
AIは人間を人間に戻す
AIが登場したとき、人間は何をするようになるのだろうと思っていました。
今の私なりの答えは、
もっと感じるようになる、
です。
音楽を聴く。
美術を見る。
誰かの話を聴く。
心が動く。
その体験の意味を見つける。
知識はAIが助けてくれる。
だから人間は、体験に戻れる。
今回の記事を通して、私はそんな未来を少し先取りして見せてもらった気がしています。
AIは、人間から仕事を奪う存在ではなく、人間を人間の仕事に戻す存在なのかもしれません。
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