「結局、私にはこれしかなかったのか」ってがっかりするのがいやなんです。

 「自分が好きなこと、得意なことで、人に喜んでもらえて役に立てることができますように」と、出雲大社でお願いごとをしてきたというクライアントさん。他の人へ向けて…という視点が、今までなかったとのことで、この願いごとは、意外なアウトプットだったようでした。

 「自分の世界」の範囲での満足感は得られてきたものの、その先が見えないということで、90日コーチングのご依頼を頂いたのです。仕事も家庭も不満なことはそんなにないし、平和過ぎるのが、居心地悪いというか、そんな心境になっていらっしゃるようでした。

 そんな心境のときは、「新しいことをやる」という提案も「んーーーそれじゃないんですよね」となるし、そんななかでも、なにか少しでも新しいことが見つかると、「それやってみます!」とそのときは、意気揚々となるのですが、それをこなしてしまうと、またモヤモヤに戻る、みたいなことを繰り返してしまうのです。何を望んでいらっしゃるのでしょうか。

 どんな言葉がクライアントさんの前進につながるのか。最初の60分くらいは、寄せては返す波のようでした。

「もう、扉を開ける鍵は持っているんですけど、それを空けちゃうと、『結局、私にはこれしかなかったのか』ってがっかりするんです。だから開けたくないんですよ」と、クライアントさん。

「なるほど、そういう心境ですか。これしかなかったのか!って、見つかったからそれはよかったね、ってところですけどね」

「英語を教えている人がいて、その人も言っていました。『私には英語しかないっていうのが、いやなんですよ』って、その気持ち、私にもわかるな~って」

「ああ、なるほど。それって、色々他にも見たいってことですか?」

「他のことも、趣味的にやってみているんですが、それは一時的な楽しみとして楽しんではいるんです」

「で、これしかないって、残念なかんじになっているんですか?」

「結局、それに戻る自分って…。遠まわりすぎて、なんで短距離で行けなかったのって思うし、その鍵を開けてしまったら、その先ないんじゃないかって思うんです」

「いやぁ、開けたら、その先もまたあるものでしょう」

「まあ、そうなのかもしれませんけど。んーーーーーー」

「その心境、私はあまり体験してませんが。もしかしたら、似たようなことと言えば…。私の仕事で言ったら、『また、新しいセミナーでもつくるか』みたいに、次へ次へと進めてきましたが、最近、『セミナーをつくる以外のことができないのか、自分は?!』みたいなつっこみが入り始めて、他のことをしようかとも思うけど、新しいこととも違う気もしますし。じゃあ、今やっていることで、ちょっと角度を変えてみたら、もしかして、もっとすごい発想があるかもしれない! と考え始めました。今やっている延長線上の上で起こりうる、新しい感覚を模索し始めて、ちょっとわかり始めたところなんです。それって、続けていないと、先に進めない感覚だから。ずっと続けていることの先にある、喜びがあるんでしょう。これまで続けてきたことを、新しい感覚でどう続けるか?って考えると面白くなっていくと思いますよ」

 ここで、ようやくクライアントさんの中のウダウダ状態(?)だったエゴの声も、「この先だからこそ、もっと楽しいことがあるかも!」と納得できたのでしょうか。
 「覚悟を決めることですね」と、ご自身でおっしゃいました。
 エゴを引退させるには、延長線上での新しい世界を「こっちのほうが楽しいよ」と見せてあげることなのかもしれません。覚悟することで、次の景色が見えてくるのでしょう。


 今日はこちらの質問はいかがでしょうか?

覚悟を決めることはありますか?


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