自分=相手 一つになる感じが欲しい。

「自分」=「相手」という境地は一体何なのか?

去年の夏から考えていて、最近の私はそこになってきたと

自分で感じています。


先ほどのセッションで、そのような話になりました。

お客様のものを作っているのだけれど、

裏方にいながらも、自分がいなければできないという感覚が

得られればいいなと。


「自分のこうしたい=相手のこうしたい」がありますよね。

ヒアリングをして相手に提案する仕事だと

確かにバランスというのは難しいかもしれません。


でも、相手=自分となっている時には、

なんとなく心地よさを感じられるのではないかというのも

想像できます。


アパレルで接客をしていても、そうです。

こちらの提案と相手の欲しい感じが一致すると

なんとも心地いいですよね。


では、そういう風な境地になれるとは、どういうことなのか?

話し合って、出てきたことは、



自分は方向づけている感じ。
答えを決めるのは、相手。


そのバランス感覚なのではないかと。


私が、バランスがありそうで、アンバランスと感じていることなのですが、

バランス感覚を取ろうとするあまり

相談を受ける側が「逆にこちらが気付きました」とか

「私が学ばせてもらっています」「ありがとうございます」

というのは、なんか違和感があるんです。

そんなふうに、以前、謙虚さなのかな?と思って考えたのですが・・・。


今思うのは、「与えてもらいました」みたいセリフを添える感じで、

バランスを取ろうとするのではなくて、

もっと、すーーーとしたバランスがあるのではないかと。



それは、横に均衡しているよりも

双方が、縦に深く掘っていくという関係です。


そういう感覚を持つと、

自然と心地よくなっている。


深く掘ること。

自分はその方向性を作り、

相手に自分で見つけてもらう。


そこに喜びと言うか

何かわかりませんけれど、

なんかいいものが

ある気がしてなりません。


 今日はこちらの質問はいかがでしょうか?

最近、深掘りしていることは何ですか?


0コメント

  • 1000 / 1000