先週は家族旅行へ。
母が詳細な計画を立てて、私もそのサポートをした。
しかし当日になってプランを変更せざるを得ないこともある。
用意していた通りにいかない焦りと後悔。
相手任せになって、ついていくだけでも不満を言う人もいる。
私はどんなときも、わりと淡々としている。
お店が見つからなければ、次を探せばいい。
タクシーが来なければ、バスを探せばいい。
バスがあれば乗ればいいし、それもなければまた考えればいい。
そのくらいに思っている。
でも、淡々としていられるのは、
私が特別に冷静な性格だからではない。
たぶんただ、
反応に反応していない
だけなんだと思う。
反応に反応すると、ループが始まる
誰かが言う。
「こんな店、本当にあるの?」
そこで、
「あるよ、大丈夫だよ」と返す。
でも相手はまだ疑っている。
その反応を見て、こちらが少し焦る。
焦ったまま、もう一度説明する。
すると相手はさらに不安そうになる。
こうして、ループが深くなる。
これ、家族旅行だけの話じゃない。
職場で何か提案したとき。
パートナーに気持ちを伝えたとき。
友人に正直なことを言ったとき。
何かを投げたあと、相手の反応が少し硬い。
その硬さを見て、こちらが揺れる。
揺れたまま言葉を足す。
すると、さらに変な空気になる。
あるあるすぎる。
人間、ほんと反応に釣られやすい。
そのうち、相手のことを考えるだけで疲れるようになる。
まだ何も起きていないのに、もう消耗している。
これが、
反応に反応するスパイラル
なんだと思う。
相手の“性格”ではなく、構造として見る
ここで少し景色が変わるのが、
相手を性格で見るのをやめたときだ。
たとえば、何かを提案されたり、意見を言われたりすると、
それだけで上下関係が生まれたように感じる人がいる。
アドバイスされた瞬間に、
自分が下に置かれたような感じがする。
だから防御する。
だから跳ね返す。
別に悪意があるわけではない。
その人の中で、長い時間をかけてできあがった
自分を守る仕組み
がそう動いているだけなんだと思う。
ここを
「あの人ってほんと難しい」
で終わらせると、こちらが疲弊する。
でも、
この人の構造は、こういうときにこう動くんだな
と見るだけで、だいぶ違う。
問題が消えるわけではない。
でも、少なくとも全部を自分のせいにしなくて済む。
これ、かなり大きい。
「やだったな」で止める
大事なのは、スキルを磨くことより前にある。
相手の反応に、反応しすぎないこと。
跳ね返された。
その瞬間、こちらも縮む。
で、その縮んだ状態のまま次の言葉を出す。
すると、その縮み方ごと関係に入ってしまう。
だから、まず止める。
やだったな。
で、終わり。
ここ、すごく大事だと思う。
「なんであの人はああなんだろう」
「私のこと嫌いなのかな」
「やっぱり私が悪かったのかも」
と、そこから先まで連鎖させない。
やだったな。
終わり。
雑に見えるけど、実はかなり高度なことをしている。
感情を無視しているんじゃなくて、
増幅させないで止めている
からだ。
反応しない、というのは冷たくなることではない。
巻き込まれない、ということだと思う。
投げる。あとは相手の時間
言いたいことは言う。
伝え方は考える。
でも、投げたあとは相手の時間に預ける。
反応が出やすい人って、
その場ではだいたい動かない。
家族もそういう人たちばかりだ。(笑)
その瞬間は言い返してくるし、
え、今それ言う?みたいな反応もする。
でも翌朝になると、
「昨日のあれ、たしかにそうだったね」
みたいなことが普通に起きる。
その場の反応だけを見て、
全部失敗だったと思うと、こちらが消耗する。
だから最近は、
投げた。あとは知らない。
くらいでちょうどいいのだと思っている。
もちろん、雑に放り捨てるという意味ではない。
ちゃんと渡した。
あとは相手が、自分の中で処理する時間を持てばいい。
それを待てるというのも、
ある意味では信頼なんだと思う。
構造が見えると、疲れ方が変わる
相手が難しい、ではなく、
相手の構造がそう動いている。
自分が悪い、ではなく、
自分が相手の反応に反応して、ループに入っていただけだった。
そう見えるだけで、疲れ方はかなり変わる。
何も感じなくなるわけではない。
嫌なものは嫌だし、面倒なものは面倒だ。
でも、そこで全部を背負わなくて済む。
ループに入っていたことに気づいた時点で、
もう少し外側に立てるからだ。
反応の外側は、思っているより静かだ。
そしてたぶん、
人と関わっていて本当に疲れるのは、
相手そのものよりも、
相手の反応にこちらが何度も反応してしまうことなのだと思う。
「反応しない」
「構造で見る」
これができる人が増えたら、
世の中はもう少し平和になるんじゃないかと思う。
大げさに聞こえるかもしれないけれど、
たぶん多くの疲れは、出来事そのものより、
反応に反応してしまうことから生まれている。
相手の反応。
自分の反応。
その場の空気。
そこにさらに反応して、
ますます消耗していく。
でも、少し外側から見られるようになると、
景色は変わる。
この人はこういう構造で動いている。
私は今、ここに反応している。
だったら、少し止まってみよう。
その感覚を、頭で理解するだけでなく、
日常の中で少しずつ馴染ませていく。
それを試しているのが、1D1U LANDでもある。
1D1U LANDでは、
何かをうまくやることより、
まず「ただ置く」ことを大事にしている。
すぐに意味づけしない。
すぐに解決しようとしない。
反応の上にさらに反応を重ねない。
ただ置いてみる。
そうすると、日常はどう変わるのか。
自分の神経系はどう変わっていくのか。
それを見ていくための、小さな実験の場でもある。
ほとんどの人は、
たぶん出来事そのもので疲れているというより、
反応で疲れている。
だとしたら、これはかなり多くの人に関係がある話だと思う。
ほぼ全員参加かもしれない。
人類、だいたい反応しすぎなので。
📍4/13 ~ 1D1U LAND 21日間の身体に効くジャーナリングがはじまります。
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