継続する人は、体験を「終わらせない」

先週、Mediumに「継続する人の構造」の記事をアップしたところ、珍しく「👏5」がついた。反応が出ること自体が稀なので、少し嬉しかった。と同時に、「やっぱりそうか」とも思った。このコンセプトは、きっと誰かに響くはずだ、という手応えが自分の中にあったから。

英会話レッスンで先生にもこの話をしたところ、フィリピン人の先生は「映画を観るときのことを考えていた」と話してくれた。ストーリーを追うだけで観てしまうとき、逆に細部が気になりすぎて全体を見失うとき。あとから他の人のレビューを読むと、「えっ、あのアイスクリームにそんな意味があったの?」と、自分が見落としていたものが急に立ち上がってくる——そんな体験の話だった。

一度の体験を「面白かった」で終わらせない習慣が、私にはある。

もともとブロガーなので、映画のレビューに限らず、日常そのものをレビューする癖がついている。ChatGPTが登場してからは、その習慣がさらに深まった。自分の体験の描写をAIにリライトしてもらうと、なんとなく感じていたことが構造として見えてくる。「この体験には、こういう側面もあったのか」と、後から気づけるのだ。

その積み重ねが、日常のあらゆる場面を構造的に捉えることにつながっていく。なんでもない一日にも、意味が宿って立ち上がってくる感覚。

それもまた、継続する人の構造だと思う。


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