記事を読むと、絵が変わる

英会話の先生に実験をしてみた

先日、『Picasso meets Paul Smith』の記事を書いた。

英会話レッスンの時、先生にその記事を見せた。


最初は写真だけ。

説明なし。

文章なし。

ただ作品を見てもらった。


すると先生は、

普通に作品を眺めていた。

当然だ。

見えているのは色や形だけだから。


次に記事を読む

その後、

ChatGPTで英訳した記事を私が読んでシェアした。

そこには私が展覧会で気づいたことを書いた。


  • 壁の色と作品の関係
  • ストライプの意味
  • Paul Smithの見せ方
  • VMD的な発想

など。


そして読み終わった後、

もう一度同じ写真を見てもらった。


見ている作品は同じだった

作品は変わっていない。

写真も変わっていない。

展示も変わっていない。


変わったのは先生だけだった。



先生は

  • あ、ここにストライプがある
  • 頬がピンクになっている
  • 闘牛は、赤が嫌いだから、壁が赤なのね

と言い始めた。


つまり。

情報が増えたことで、

見えている世界が変わった。


記事は情報ではなく、見方を提供するもの

ここで気づいた。

私は記事で知識を伝えたかったわけではない。


ピカソが何年に何を描いた。

Paul Smithが何年に何を作った。


そういうことではない。


私がやりたかったのは、

見方を渡すことだった。



そして見方を渡されると、

人は同じものを見ても違う発見をする。


これは仕事も同じ

実は仕事もそうだ。


優秀な人は、

新しい情報を持っている人ではない。

他人が見えていないものを見つける人だ。


だから価値がある。


最近ずっと考えていること

最近私は、

文脈という言葉について考えている。

村上隆も文脈と言う。

Paul Smithも展示で文脈を作る。

AIも文脈によって答えが変わる。


そして今回の英会話レッスンで、

改めて実感した。


人は目で見ているのではない。

文脈で見ている。


そして記事の役割は、

情報を増やすことではなく、

世界の見え方を変えることなのかもしれない。


英会話の先生の見え方が変わったのを見て、少し嬉しかった。

先生も嬉しそうだった。


記事とは、知識を伝えるものではなく、

誰かの世界の解像度を上げるものなのかもしれない。

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