マイケル・ジャクソンは、鏡にアファメーションを貼っていた。
「Thriller、1億枚」と、黒いフェルトペンで浴室の鏡に書いていたと、兄のジャーメインが証言している。母キャサリンも、寝室の鏡にいつも何か貼ってあったと言っている。
歌っているときのマイケルを、ずっと近くで見ていたエンジニアがいる。CJ・デヴィラーという人だ。彼はこう言っている。チャネリングしているようだった、と。マイクを両手で握って吠えるように歌い、パートが終わると、20秒も30秒も、ただじっと座って何かが収まるのを待っていた、と。
マイケル自身は、こんな言い方をしている。
どうやって曲を作るのかと聞かれると、僕はただそこに入っていくんだ、と。川に足を踏み入れて、流れに加わるみたいに、と。
甥のジャファー・ジャクソンが、伝記映画『Michael』でマイケルを演じるにあたって、マイケルの直筆の日記や詩、マントラやアファメーションに触れた。それが「転機だった」と話している。そして、自分も同じことを始めた。壁や鏡に、アファメーションを貼るようになった、と。
叔父の言葉を通して、叔父の生き方が、自分の中に入ってきたのだと思う。
藤井風さんも、似たようなことを言っている。
自分にできるのは、ピアノを弾いて、メロディを作って、ちょっとした言葉を紡ぐことくらいだ、と。まるで、自分を空っぽの器にしたいと願っているみたいに。
二人とも、瞑想をしている。
私も瞑想をしている。
なぜ瞑想を始めたのか、遡って思い出してみると、理由があった。宇宙から何かを通したかったのだ。当時はそんな言葉で考えていたわけではないけれど、今振り返ると、そうだったのだと分かる。
そして最近、少し違う感覚が芽生えてきている。
通している、という感覚。
過去形でも未来形でもなく、今、通っている。そんな気がする瞬間が増えてきた。
これまでは、瞑想は「何かを受け取るため」のものだと思っていた。良いアイデアが降りてくるように。インスピレーションが湧くように。
でも今は、少し違う。
通すことを、意識した方がいいのかもしれない。そう思うようになった。
受け取るというのは、遠慮せずに受け取っていいよ、という話だけではないのかもしれない。
宇宙にすでに存在している何かを、自分を通して表現するために、受け取る。
そういう受け取り方が、ある。
マイケルも、藤井風さんも、そのことを知っていた人たちだったのだと思う。彼らは特別な人だったから、そうできたのではない。そうすることを、選び続けていただけなのかもしれない。
みんな、本当は、それを受け取りたくて瞑想をするのだと思う。
7月の1D1U LAND | Journaling with AIのテーマは「受け取る」。
21日間、朝と夜、AIと一緒に自分の状態を見ていく。
今日、自分を通って出てこようとしたものは何だったか。書き留めていく。
流さない。
それだけで、変わっていくものがあると思う。
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