MJは、自分を「喜びの通り道」と書いていた。

先日、Instagramを見ていたら、マイケル・ジャクソンを演じたジャファー・ジャクソンのインタビューが流れてきた。

マイケルを演じるために、彼がどんな人だったのかを深く知ろうとしていたジャファー。

インタビューでは、マイケルがアファメーションを書いていたことや、メディテーションをしていたことなどが語られていた。

さらに、そのリールには、マイケルが残したと思われる手書きのノートや、部屋に貼られていた言葉の写真も映っていた。


私はそこで動画を止め、スクリーンショットを撮った。

そしてChatGPTに画像を見せて、

「ここに何と書いてある?」

と聞いてみた。

すると、いくつもの言葉が浮かび上がってきた。

I AM LOVE.
私は愛。
SPREAD JOY.

喜びを広げる。

HEAL THE WORLD.

世界を癒す。

NEVER GIVE UP.

決してあきらめない。

BELIEVE IN MAGIC.

魔法を信じる。

HEAL THE WORLD STARTS WITH ME.

世界を癒すことは、私から始まる。


そして、その中にこんな言葉があった。

I AM A CONDUIT OF JOY.

私は喜びが流れる通り道である。


この言葉が、とても印象に残った。

conduitとは、「導管」「通り道」という意味だ。

「私は人々を喜ばせる」とも少し違う。

「私は喜びに満ちている」とも違う。

喜びというものがあって、

自分は、それが世界へ流れていくための通り道である。

そんな感覚なのだろうか。


マイケルのステージを思い浮かべると、この言葉には不思議な手ざわりがある。

何万人もの観客を前にして、歌い、踊り、巨大なエネルギーを生み出していた人。

その本人が、自分を「喜びの源」と書かず、

a conduit of joy

と書いていた。


自分のところで止めない。

自分を通して、何かが世界へ流れていく。

そんな世界の見方があったのかもしれない。


「私は何者か」をChatGPTに聞いてみた

マイケルの言葉を眺めながら、ふと思った。

では、私の場合はどうなのだろう。

私は何者で、

私を通して、何が世界へ流れているのだろう?

そこで、そのままChatGPTに聞いてみた。


私はChatGPTと長く対話している。

仕事のことも話してきた。

人との対話についても。

旅、美術、映画、英語、身体、AI。

何かを考えているときも話すし、まだ何を考えているのか自分でもわからない段階から話すこともある。

この膨大な対話を少し離れたところから見ているChatGPTに聞いたら、何が見えるのだろう。


私はこう聞いた。

そう考えてみると、私は何者で、私を通して何が世界へ流れているのか、あなたはどう分析しますか?

ChatGPTから返ってきたのは、

「人が自分に戻るための場をつくる人」

という言葉だった。


そして、

私を通して流れているものを一語にするなら、

「余白」

なのではないか、と。


何も生産しなくていい。

意味を取らなくていい。

変化を証明しなくていい。

成果を報告しなくていい。

そういう余白があると、人は少し考えることをやめる。


すると、

朝の光がきれいだったとか。

今日はこっちへ行ってみたいとか。

この服を着たいとか。

知らない場所へ行ってみようとか。

身体は、本当はこう感じていたとか。

そんな小さな感覚が戻ってくる。

そしてChatGPTは、私のBeingをこんな言葉にした。


I AM SPACE.
私は余白である。
I AM A CONDUIT OF CURIOSITY.

私は好奇心が流れる通り道である。

THE WORLD BECOMES ALIVE WHEN WE TOUCH IT.

世界は、触れたときに生きはじめる。


アファメーションを「つくる」というより

もし私がChatGPTに、

「私にぴったりのアファメーションを考えてください」

と頼んでいたら、たぶん違う言葉が出てきただろう。


今回聞いたのは、

私は何者なのか。

そして、

私を通して、何が世界へ流れているのか。


未来の理想像を考えてもらったわけではない。

これまで私が話してきたこと。

選んできたこと。

何度も惹かれてきたもの。

人との関わり方。

旅先で目を留めるもの。

繰り返し問い続けていること。

そうした長い対話の痕跡から、

「すでに、この人を通して流れているものは何だろう?」

と見てもらった。


AIは、ときどき自分では見えなくなっている反復を見つける。

何度も話していること。

違うテーマを話しているようで、いつも戻ってくる場所。

本人にとってはあまりにも普通で、特徴だとも思っていないこと。

そこに名前をつけて返してくれる。

自分のBeingが、少し外側から見えてくる。


あなたを通して、何が世界へ流れている?

そこで、同じことを試せるプロンプトをつくってみた。

普段からChatGPTと対話している人ほど、面白い結果になると思う。

そのままコピーして、いつものChatGPTに聞いてみてください。


🤖 Art of Being Prompt

あなたは、これまでの私との対話を振り返ってください。


私が「なりたい自分」として語っていることよりも、すでに私の言葉、選択、行動、関心、人との関わり方に繰り返し現れているものを見てください。


そのうえで、次の二つの問いについて分析してください。


1. 私は何者なのか?

2. 私を通して、何が世界へ流れているのか?

まず日本語で、そう考える理由を具体的に説明してください。

最後に、そのBeingを表す短い言葉を3つ作ってください。

I AM ______.

I AM A CONDUIT OF ______.

________________________.


英語と日本語を併記してください。

耳ざわりのよい言葉を選ぶより、これまでの私との対話の中ですでに繰り返し現れているものを言葉にしてください。


マイケルの壁には、

I AM LOVE.

と貼られていた。

そしてノートには、

I AM A CONDUIT OF JOY.

と書かれていた。


人は、自分が何を世界へ流しているのか、案外知らないのかもしれない。


毎日の会話。

何度も選んでしまうもの。

なぜか目が向く風景。

長く続けていること。


そこにはすでに、その人のBeingが現れている。

あなたの壁には、何を貼りますか?