2531mのBeingで生きる

先日、人生で初めて2,500mを超える山に登った。長野県の蓼科山。標高2,531m。

それまでの私の最高記録は1,500mほどだったから、今回いきなり約1,000mも自己記録を更新したことになる。

でも、帰ってきてから気づいた。あの日、1,000m上がったのは標高だけではなかったのだと。

私の中にあった「私はこのくらいの人」という自己認識まで、一緒に上がっていたのだった。

今回の登山は、私が計画したものではない。前日にバディから「明日、蓼科山に行かない?」と連絡が来て、私は「行きます」と答えただけだった。

そして翌朝。起床は午前3時。ちなみに、その前日は午前3時に寝ている。

午前3時に寝て、翌日は午前3時に起きる。我ながら、もう少し穏やかな人生を選べなかったのかと思う。

午前4時、バディの車で東京を出発。そこから長野まで約4時間。私は車に乗っていても起きていられるなら起きていたいタイプなので、道中もほぼずっと起きていた。

考えてみれば、登山口に着く前から、すでに何かの修行は始まっていたのかもしかもしれない。

七合目の登山口に着くと、そこには鳥居があった。蓼科神社の鳥居だった。

そのときは特に深く考えず、普通に鳥居をくぐって山へ入っていった。

そこから先は、石。石。そして、また石。

平らな道はほとんどない。登るか、下るか。大きな岩に手をつきながら進むような場所もあった。それでも、ひとつずつ足を置いていく。

気づけば、山頂に着いていた。標高2,531m。そこから見えたのは、360度、山。街の景色がほとんどなく、空がとても近かった。

そして、山頂にも神社があった。蓼科神社の奥宮。七合目の鳥居から入り、石だらけの道を登り続けて、最後にまた神社へたどり着く。なんだか不思議な流れだった。

私は山頂の神社で、手を合わせた。そして、自然に出てきた言葉があった。

「私を通してください」

最近、藤井風さんやマイケル・ジャクソンの影響で、「自分が何かを生み出す」というより「自分を通して何かが生まれる」という感覚についてよく考えていた。だから、その言葉が出てきたのだと思う。

でも、あとから考えると少し面白い。「何かをください」でもなく、「願いを叶えてください」でもなく、「私を通してください」だった。

何かを自分のところで止めるのではなく、自分を通して何かが流れていく。その通り道になる。

そんな言葉が自然に出てきた時点で、私はすでに少し前とは違う場所にいたのかもしれない。


下りで見つけたのは、自分の限界ではなかった

そして、問題は下りだった。私は昔から、登山の下りで足が痛くなる。靴の中で足が前へずれて、つま先が当たるのだ。

今回の蓼科山は、ただでさえ石だらけ。「この石は大丈夫か」「次はどこに足を置くか」と、一歩ずつ確かめながら下った。

そして歩きながら、ふと思った。

「よく、この靴で今まで20近い山を下ってきたな」

この靴は、登山を始めたばかりのころに買ったものだった。そのころの私は「そんなに本格的な山には行かないでしょう」と思っていたから、知識も経験もほとんどなく選んだ靴だった。

それを履いて、気づけば20回近く山へ行き、とうとう2,531mまで来ていた。

そこで私は、「やっぱり私は下りが苦手なんだ」とは思わなかった。むしろ逆だった。

「この靴でここまで来られたのなら、自分に合った靴を履いたら、私はもっと楽に歩けるんじゃない?」

そう思った。石だらけの下り道で見つけたのは、自分の限界ではなかった。自分の伸びしろだった。

痛い足で、今までよく歩いてきた。まずは、これまでの自分をねぎらいたくなった。そして次は、もっと今の自分に合った装備で歩いてみたいと思った。


初心者だった自分を否定しなくていい

帰ってきてから、私は新しい登山靴を探し始めた。服装ももう少しちゃんと選びたくなり、マティスの切り絵を使った登山用の速乾Tシャツまで自分で作った。

今までの私は「たまに山へ行く人」くらいに思っていたけれど、20近い山を歩き、2,531mまで登った今、「私は山に登る人なんだ」という前提で道具を選んでもいいのかもしれない。

初心者だった自分が選んだものは、間違いではなかった。その靴は、ちゃんとここまで私を連れてきてくれた。

だから「こんな靴を選ばなければよかった」ではなく、「ここまで、ありがとう」なのだと思う。

そして次は、今の私に合う靴へ。古い自分を否定して次へ行くのではない。古い自分がここまで運んでくれたから、その続きを、新しい装備で歩いていく。


気づいたら、もう扉の向こう側にいた

そして、その翌日。ふと気づいた。今日から、ライオンズゲートだった。

もちろん私は、「宇宙に呼ばれて蓼科山へ行った」と言いたいわけではない。でも人生にはときどき、あとから出来事を並べてみると「あれ?」と思うことがある。

自分では選ばなかった山。午前3時に起きて向かった長野。意識せずにくぐった鳥居。これまでより1,000m高い場所。山頂で自然に出てきた「私を通してください」という言葉。

そして帰ってきた私は、初心者のころに選んだ靴を脱ぎ、次の自分のための装備を整え始めている。その翌日に、ライオンズゲート。

人生、たまに比喩が露骨すぎる。でも今回、ひとつ思った。

新しい扉というのは、「今日から私は変わります」と宣言して開けるものばかりではないのかもしれない。

なんとなく誘われて「行きます」と答えて、目の前に現れた石へひとつずつ足を置いていく。行くと決めたから、起きる。山があるから、登る。石があるから、次の石へ行く。

そして振り返ったとき、「あれ? 私、もう前とは違う場所にいる」と気づく。

私は今回、1,000m高い山に登った。でも、本当に1,000m上がったのは標高ではなく、「私はここまで行ける人なんだ」という自己認識だったのかもしれない。そして今、次の山を歩くための新しい靴を探している。

扉が開いたから新しい自分になるのではなく、もしかすると私たちは、扉が開くより前から次の自分になる準備を始めている。

古い自分をねぎらい、今の自分に合うものを選び、流れてきたものを止めず、自分を通していく。そして気づいたときには、もう以前の場所にはいない。

前日は午前3時に寝たのに、翌朝は午前3時に起きる。普通なら時差ボケを起こしそうなスケジュールなのに、身体も感覚も、驚くほどあっさりと馴染んでた。

まるで、別の世界線へのアジャストが、時間の方で勝手に調整されたかのように。

そのまま入国したのです。(笑)


🏔 登山日記