人は、変わった瞬間には自分の変化に気づかない

その人には、以前からやりたいと思っていたことがあった。

何年もかけて技術を磨き、少しずつ準備をして、人にも自分の作ったものを渡してきた。

でも、本人が思い描いていた形では、なかなか仕事にはつながらなかった。


それが最近になって、思いがけないところから声がかかった。

以前、何気なく自分の作ったものを渡した相手が、それを覚えていたのだ。

その人自身の環境が変わり、「そういえば、あの人がいた」と思い出してくれた。

そこから、新しい仕事の話が始まった。


その人は以前から、周囲の人に何かを作って渡すと、

「今度、それを教えてください」

と言われることが多かった。


本人も、それを当然のこととして受け取っていた。

今日も同じような話をしていた。


「それ、今までは“教える人”だったから、そう言われていたんじゃないですか?」

そう聞いてみた。


今はもう状況が違う。

自分が作ったものを、商品として外に出せる場所ができた。

注文を受けることもできる。


だったらこれからは、

「教えてください」

と言われたとき、


「これは販売しています」

「ここで手に入ります」

「注文してもらえれば作れます」

という答えもできる。


そう話したら、その人は少し驚いて、

「あ、そうか」

と言って笑った。


転職した。

独立した。

結婚した。

離婚した。

子どもが生まれた。

海外へ移った。

長年やってきた仕事を辞めた。

新しい仕事が始まった。


外から見れば、はっきりとした変化だ。

でも本人の中にある「私はこういう人間です」という認識は、同じ速度では変わらない。

昨日まで何年も使ってきた自分についての説明を、今日もそのまま使ってしまう。

現実はもう次の場所へ移っているのに、自分についての言葉だけが、一つ前の場所に残っている。


最近、別の人にインタビューをしたときにも、こんなことがあった。

その人は、この一年で生活にいくつもの大きな変化が起きていた。

「一年前にはわからなかったことで、今わかるようになったことはありますか?」

と聞いた。


少し考えたあと、その人は、一年前の自分が未来をとても心配していたことについて話し始めた。


「どうして私は、あんなに先のことを心配していたんだろう」

そんな言葉が出てきた。


変化そのものは、もっと前から起きていた。

いくつもの出来事を経験する中で、ものの見方はすでに変わっていた。

ただ、それを自分自身がまだ、その言葉では捉えていなかった。


以前はどうだったのか。

今はどうなのか。

当時は何を怖がっていたのか。

今振り返ると、あの頃の自分をどう思うのか。


そんなふうに聞かれることで、時間の中に離れて存在していた「以前の自分」と「今の自分」が、一つの場所に並ぶ。

そこで初めて、その間に起きていた変化が見えることがある。


「転職しました」

「仕事を始めました」

「子どもが生まれました」

という事実は話せても、


「それによって、自分の何が変わったのか」

は、まだ言葉になっていないことがある。


人は、自分の人生をずっと生きている。

だから自分のことなら、自分が一番よく知っているように思う。

でも、ずっとその中にいるからこそ、見えない変化もある。


昨日の自分から今日の自分へ、毎日少しずつ移動していると、その距離は案外わからない。

だから、ときどき誰かから質問される。

そして、自分の言葉で答えてみる。


その途中で、

「あ、そうか」

という言葉が出てくる。

現実が先に進み、言葉があとから追いつく。


Dialogue

自分の中ではまだ言葉になっていないことを、対話と質問を通して見つけていく時間です。

Dialogue