コミュニケーションは、自分の在り方次第。

 先日、オンラインの英会話の先生から、存在価値を認められるようなフィードバックをいただいたので、「あなたのフィードバックに感動しましたよ!」とレッスンで返事をしました。そうしたら、また嬉しいことを言われました。

「あなたのレッスンのあと、1日がいい日になるのよ!」と。私は先生を選ぶときに、レビューをチェックして選ぶので、「あなたのレッスンは楽しいと書いている人が多くいたので、レッスンの予約をしたんですよ」と言うと、「ほかのレッスンは、こんなに楽しくないのよ!退屈することもある」と本音を語りだしました。(笑)

 この先生は、ロールプレーになると「私たちの大好きなロールプレーね!」と言って、盛り上げてくれます。先生がアドリブを入れてくるので、私もアドリブをいれて、会話を勝手に膨らませています。お陰で、英会話のロールプレーの楽しさに今頃目覚めました。


 オフラインの英会話の先生も、先月、私がブースに入ったとき、いつもと様子が一瞬違うなと思ったら、「え、君だったのか! ほかの生徒だと思っていたよ…スイッチを入れ替えなくちゃ。君に会えてよかった!」と言いました。ほかの生徒のとき、あの先生でさえも構えていたのですね。(笑)

 

 先日のSHSの質問に、「自分らしくいるというのはどんな感覚ですか?」というのがありました。冒頭に自然に出てきた言葉は、「まずは、自分らしくいられないとき」についてでした。「この場所は苦しい」と思うと、逃げるように立ち去るタイプです。(笑)その場に無理に合わさないというか。また自分の目的意識を明確にして、「聞き役に徹しよう」とするときもあります。自分の在り方を決めると楽になります。いずれにしても、無理に合わせないです。

 逆に自分が居心地の悪さを感じやすいタイプだからこそ、人に居心地よい場所を提供することを考えるようになったのかもしれません。

 1D1U Camp中に未完成の「ジムノペディ」を披露しましたが、披露した理由は、「みんなに勇気を与えるため」でした。完璧なものを見せるよりも、できない方がリラックスするでしょう。(笑)

 コミュニケーションの悩みを解消しようと、相手をどう扱うか?について、心理学から知識を得ようとしたことがありますが、それだと自分がとても嫌な人になった気がして、うまくできませんでした。

 それよりも、自分が相手の話を聴けるようになろうとか、ジャッジしない人になろうとか、自分を変えるようにしていったら、相手が変化したのです。コミュニケーションは、自分の在り方次第と言えると思います。