共感できないことに「そう考えているんですね」と言ってみましたが、すっきりしません。

「従業員との距離感について」というテーマのセッションでした。経営者の旦那さんは、それなりに従業員と接しているそうですが、クライアントさんは従業員に歩み寄って、もっと円滑にコミュニケーションを取らなくてはいけないのかと思っているようで難しく感じているそうです。家の手伝いであるし、若干やらされている感もあるようでした。とはいっても、自分で決めたことですし、相手のせいにもしたくない。しかし仕事をしないことは不安だしと、色々と思うようです。

 クライアントさんは、従業員の方に歩み寄りたいということでしたので、どのような接し方があるのか? これまでのセッションでも模索してきました。セッション当初よりも、だいぶ仕事に対しての辛さは減ってきているようです。

 今回は「従業員との距離感について」とセッションの準備用紙に書いてありました。旦那さんに従業員との距離感について相談してみたところ、「経営者と従業員とでは考え方は違うのだから、割り切っている」との返答があったそうです。クライアントさんは歩み寄りたいと思っていましたが、旦那さんからすれば、「従業員の立場まで並ぶ必要はない」という見解。つまり、「歩み寄ろうとしているけど、しなくていい」ということを言われたようです。私もその旦那さんの考えについて理解できると思いました。

 このセッションの数日前に、こちらのクライアントさんが私にこんなメールをくれました。
“「『ついている!』と日頃から言ったら心が軽くなった」と妹に言ったら、理解してもらえなくて悲しかったです。心に思ってないことを言うなんて、と。”

 クライアントさんはイラっとしたようですが、私はちょっと笑えました。クライアントさんも少し前までは、「先に言うってことですか?!」とおっしゃっていたので。(笑)

 私も似たようなことがありました。ニュートラルな立場で物事を言ったときに、「それはおかしいだろう」と怒鳴るように言われたことがありました。「私は事実を述べただけ」と反射的にそのとき相手に言いました。しかし、「否定も肯定もしないという感じは理解してもらいにくいのだな」と後日気づきました。

 世の中的に、白黒はっきりとか、正解不正解の二元論で話している人の方が圧倒的に多いからです。私もそうでした。となると、自分がニュートラルな観点を持ってしまったら、当然対立は出てくるということも合わせて覚悟しなくてはいけないのです。しかも割と厄介かもしれません。どちらの味方なの?!がなくなってしまうからです。(笑)

 そういう摩擦が生じることを知らないで、歩み寄ろうとすると、「こうしてくれない、ああしてくれない」が発生します。
 クライアントさんは全員と仲良くならなくてはいけないと思っていましたが、旦那さんは、全員と同じ距離感でというスタンスのようです。そこを「割り切る」という言葉で旦那さんがおっしゃっていたのだと、セッションで理解を深めていきました。

 セッションのあと、旦那さんに「割り切る」という言葉を理解できたということを伝え、「そこまで歩み寄る必要はない」スタンスが分かった上で、どのように仕事をしていくか、色々と話せたようでした。

 ただ、セッションのあとに「割り切る」という言葉は、少し冷たい感じもするので、別の言葉はないか? というメールのやり取りをしました。「相手の幸せの形を理解する」ということだと、私は返事をしました。

 また、相手の言い分に「そうですね」と受け止めることに、今は居心地の悪さも感じていらっしゃるようですが、これは慣れだと思います。
 私もこの仕事を通して、心を広くすることを鍛えてきました。相手と意見が反対でも、相手はそう考えていると理解できればいいのです。無理に合わせることも実はないのです。やがて自分のことを理解してほしいという想いも殆ど無くなっていきました。今では、理解されない方が神秘的でいいと思っているくらいです。(笑)

 そもそも、自分のことをわかってほしいという気持ちのまま、「そう考えているんですね」というのは、難しいかもしれません。私の経験としては、自我を捨てるというのは、本当の意味で大人であると、40歳に近づきながら段々と分かっていったことです。そこができるととても楽ちんになったなと、今感じているところです。

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