先ほどセッションで、書くことが苦手ですとおっしゃるクライアントさんがいらして、「堀口さんは、何か文章について勉強したのですか?」と聞かれました。
勉強する場に出向いたことはありませんので、独学です。文章力アップの本は1,2年前に結構集中して読んでいました。1年前、ブログに書いた「文章力アップ」の本を紹介した記事はこちらです。
また、文章を読む機会があるときに、その内容だけでなく、文章の味みたいなものも味わうようにしました。自分がなりたい味の人の風味について、なぜ、そんな風味になれるのか? その人の「在り方」を想像してみたりしました。毎日「感じる」ことの積み重ねで、自分の感覚に落としていきました。
毎年の『ひとみずむ』の制作は、かなり勉強になります。人の添削を通しながら、自分のものを客観視する感覚を掴んでいけたように感じています。
なにより大きなターニングポイントは、去年の7月からこのブログを2000文字に増やしたことです。あの時の決断は、自分でもすごく思い切ったところがありました。苦手意識克服のためでした。レポートみたいな文章は書けても、自分の考えを深く書いていくことに自信がありませんでした。
毎日2000文字は、最初は、3時間かかりました。3時間かかることにイライラしそうになりましたが、「何時間かけてでも、納得してアップすることを優先させたい」と思ったら、何時間かかっても気にならなくなりました。イライラが出てきたら、イライラの下層にある自分の願いを掘り当てることで、意欲へとつながりました。
今でも2時間は、かかりますし、24時間以内に、変更したいところが見つかれば、直したりもしています。長く書くことで、より自分の言葉を選ぶようになりましたし、ゆっくり書くので、逆に以前よりも誤字を修正することも減りました。
課題を1年間継続して、苦悩していた時期は、とりあえず脱し、引き続き勉強中という身にアップしたかなぁと、思います。
さて、そのクライアントさんと話していて、文章もコミュニケーションだと、改めて思ったことがありました。
その方は、秘書検定の勉強もされていたそうなので、そこで学んだ文章を使ったら、「それは堅苦しすぎる」というような感想を上司からもらったことがあったそうでした。
確かに、習ったことを使えば、無難ではありますが、コミュニケーションというものには、「温度」みたいなものがあるのではないかと思ったのです。
私の方は親近感を持っている人に、謙譲語だと思うのですが、改めて辞書で調べてしまうほど、あまり見かけない言葉をメールで使用されていたことがありました。
ちょっと離れてしまった気持ちになって、少しさみしくなりました。(笑)
読む相手が存在している場合は、その人が受け取ったときの気持ちを想像しながら書くと思います。話すよりも、難しいところがあるかもしれません。
また、こうして不特定多数の方々に向けて書く場合は、また少し違うものも感じていて、「余白」が大事なのではないかと、最近、思っています。いいと思うものは、どれも「余白」があるなぁと感じています。
明日は、TVで詩人の「金子みすゞ物語」があるのが楽しみです。「詩」は余白だらけで、読む人もちょっと試されますね。(笑)
引き続き2000文字を続けていく予定ですが、突然「詩」になっているかもしれません。(笑)来年の7月の私の文章がどうなっているのか、自分でも想像不可能ですが、毎日少しずつ変化を入れて、結果的に大きく変化していることを願いたいです。
しかしながら、なぜにこうして書くことに情熱を注いでしまうのか?
いまだに謎であります。笑
勉強する場に出向いたことはありませんので、独学です。文章力アップの本は1,2年前に結構集中して読んでいました。1年前、ブログに書いた「文章力アップ」の本を紹介した記事はこちらです。
また、文章を読む機会があるときに、その内容だけでなく、文章の味みたいなものも味わうようにしました。自分がなりたい味の人の風味について、なぜ、そんな風味になれるのか? その人の「在り方」を想像してみたりしました。毎日「感じる」ことの積み重ねで、自分の感覚に落としていきました。
毎年の『ひとみずむ』の制作は、かなり勉強になります。人の添削を通しながら、自分のものを客観視する感覚を掴んでいけたように感じています。
なにより大きなターニングポイントは、去年の7月からこのブログを2000文字に増やしたことです。あの時の決断は、自分でもすごく思い切ったところがありました。苦手意識克服のためでした。レポートみたいな文章は書けても、自分の考えを深く書いていくことに自信がありませんでした。
毎日2000文字は、最初は、3時間かかりました。3時間かかることにイライラしそうになりましたが、「何時間かけてでも、納得してアップすることを優先させたい」と思ったら、何時間かかっても気にならなくなりました。イライラが出てきたら、イライラの下層にある自分の願いを掘り当てることで、意欲へとつながりました。
今でも2時間は、かかりますし、24時間以内に、変更したいところが見つかれば、直したりもしています。長く書くことで、より自分の言葉を選ぶようになりましたし、ゆっくり書くので、逆に以前よりも誤字を修正することも減りました。
課題を1年間継続して、苦悩していた時期は、とりあえず脱し、引き続き勉強中という身にアップしたかなぁと、思います。
さて、そのクライアントさんと話していて、文章もコミュニケーションだと、改めて思ったことがありました。
その方は、秘書検定の勉強もされていたそうなので、そこで学んだ文章を使ったら、「それは堅苦しすぎる」というような感想を上司からもらったことがあったそうでした。
確かに、習ったことを使えば、無難ではありますが、コミュニケーションというものには、「温度」みたいなものがあるのではないかと思ったのです。
私の方は親近感を持っている人に、謙譲語だと思うのですが、改めて辞書で調べてしまうほど、あまり見かけない言葉をメールで使用されていたことがありました。
ちょっと離れてしまった気持ちになって、少しさみしくなりました。(笑)
読む相手が存在している場合は、その人が受け取ったときの気持ちを想像しながら書くと思います。話すよりも、難しいところがあるかもしれません。
また、こうして不特定多数の方々に向けて書く場合は、また少し違うものも感じていて、「余白」が大事なのではないかと、最近、思っています。いいと思うものは、どれも「余白」があるなぁと感じています。
明日は、TVで詩人の「金子みすゞ物語」があるのが楽しみです。「詩」は余白だらけで、読む人もちょっと試されますね。(笑)
引き続き2000文字を続けていく予定ですが、突然「詩」になっているかもしれません。(笑)来年の7月の私の文章がどうなっているのか、自分でも想像不可能ですが、毎日少しずつ変化を入れて、結果的に大きく変化していることを願いたいです。
しかしながら、なぜにこうして書くことに情熱を注いでしまうのか?
いまだに謎であります。笑
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