★アパレル店長物語 Epi.8:成功をカスタムメイドするためにマニュアルを捨てる

周りの才能ある人たちが、あなたをもっと才能豊かにしてくれる。
 

◎前回のあらすじ

2004年4月、有名な広告代理店へ転職する知人のUさんが、「ブログ」と言うものを教えてくれました。一方で、メルマガやHPの取り組みは、会社のブランディングに関わるから辞めたほうがいいかもと上司に指摘され、新たな戦略の必要性を感じました。

そこで、店長研修を受けたいと社長に申し出ましたが、「感性を磨くように」と指示され、困惑しました。アパレル経営者のKさんに相談すると、物事に対して「なぜ?」と考えることが感性を磨く方法だと教わりました。これをきっかけに、他人のアイデアを模倣するのではなく、自分自身で考え行動することの重要性に気づきました。過去の成功に囚われず、新しい挑戦を通じて成長することを決意し、未来に向けて新しいアイデアを創造する道を歩み始めました。
 

第4章 破壊と創造

4.1 人を巻き込む

過去の自分から未来の自分へと設定を変えた瞬間、視点や行動が変わり始めたのを感じました。自分の頭で考えたアクションをこれからは、もっと人を巻き込んでやるべきだと思いました。

当時、どのショップも7月1日に「夏のセール」を開催するのが通例でした。しかし、実際には6月中旬からシークレットセールが始まり、顧客が最優先、次にDMを受け取ったお客様がセール価格で購入できるという順番がありました。そこで私は、渋谷店ならではの試みとして、DMのお客様の前に「メルマガ読者枠」を初めて設けました。メルマガ読者が優先的にセールに参加できることで、お客様に喜んでもらえるはずです!

さらに、今回は会社がはがきではなく、B5サイズのインパクトあるDMを用意してくれました。この大きなDMは確実にお客様の目に留まりやすく、「何だこれは?!」と思わせる効果がありました。これをさらに効果的に活用するために、私は手書きのメッセージを加えることにしました。しかし、渋谷店分のDMは1000枚近くあり、手書きで書く時間があるのかと悩みましたが、やるしかないと決意しました。

銀座の事務所に行き、DMを渋谷に配送することにしました。大量のDMが渋谷店に届き、スタッフたちは「え? 書くの?」と戸惑っていました。どうしたらやる気が出るかと考え、DMがブラックだったので、ゴールドのペンを購入し、スタッフたちが楽しめるようなキャッチコピーを考えました。「スタッフも驚きのプライスです!お待ちしております!」

まずは私が書き始めると、ブラックのDMにゴールドの文字が映えて、なんだかサインを書いているかのような楽しさです。そして、時間があったら手伝うように皆に伝えました。手伝ってもらえなくても、私は全部書く覚悟でいましたが。

1000枚以上あるので、一人100枚は書かなくてはなりません。期限が迫る中、最後のラストスパートをかけた日、遅番のスタッフたち全員が長いレジ台の周りに集まって座り、気づいたらみんなで書き上げていました! 初めて渋谷店が一つになった気がし、目頭が熱くなりました。

メルマガ読者限定セールの戦略が上手く行き、VIPセールがひと段落した週も、渋谷店だけが他店よりも圧倒的にセールスが良いことが明らかでした。そして、みんなで書いたDMのおかげで、DMセールもうまくいきました!
このチャンスも逃すまいと、「DMセールの前に、メルマガセールをしているので、メールアドレスを書いてください!」とDMをお持ちのお客様にアナウンスし、エクセルで作った表に、お客様に手書きでアドレスを書いてもらいました。個人情報保護法が全面施行されるのは2005年4月だったので、このころは何の疑問もなく、普通に書いてくださいました。

そして早速、ご来店のお礼メールを徹底しました。こうして、DMのお客様がメルマガ読者になり、さらにVIPへと成長して行く道を作っていったのです。このことがきっかけで、「渋谷店は顧客様がつかない」という観念を壊していけそうな気がしました。
 

4.2 ハンドメイドTシャツ

一般向けのセールに向けて、どのようなウインドウが効果的だろうか? みんなを巻き込むために、スタッフたちに相談してみることにしました。

渋谷店のグランドオープンから勤務している20代前半の女性スタッフのIさんは、クリティカルシンキングを得意とするタイプです。物事をはっきりと言う彼女の性格は、人によってはやりにくいと感じるかもしれませんが、私にとっては頼もしく映ります。彼女は、「これまでの店長の中で、最も行動をしている」と、私を評価したり、彼女の協力的な姿勢にも信頼を置いていました。そこで、Iさんにセール用のウインドウディスプレイのアイデアを聞いてみることにしました。
「B店で、マネキンがセールの文字が入ったTシャツを着ているのを見たことがありますよ」と彼女は言いました。

「なるほど! それは楽しそう」と思いましたが、でもどうやって? そういうTシャツが売っているの? いや、白いTシャツにセールの文字を描けばいいか。私が描けるかな? あ、そうだ、美大出身の妹に相談しよう!
セールまで後3日、私の休日に妹に渋谷店に来てもらいました。彼女は店に入ることは断ったものの、すこし離れたところからウインドウを一緒に眺めながら、セール用タンクトップの文字を描く方法を話し始めました。
「まず、紙に 'SALE' の文字を印刷し、それをくり抜く。そして、そのくり抜いた紙をTシャツの上に置き、上からペンキで塗ることで、レタリングの方式で文字を描ける」と彼女は言いました。

私は、Tシャツにそのまま文字を鉛筆で下描きし、その上をマジックやペンキで塗るという素人発想でしたので、美術を学んだ彼女のプロフェッショナルなアイデアには感動しました。

早速、渋谷の無印良品へ行きました。無印良品ですから白いTシャツはすぐに見つかりましたが、ファッション感度の高い人向けには何か物足りない感じがしました。さらに商品を探していると「タンクトップ」を発見。タンクトップに赤くSALEの文字が刻まれているのを想像すると、思わず笑いがこみ上げてきました。「よし、タンクトップにしよう!」私たちは10枚ほど購入しました。
次に東急ハンズへ行き、赤いペンキとコーティング剤、平筆を購入しました。たった1日で、昨日は想像もしていなかった道具を揃えていることにまた笑いがこみ上げます。描く方法は素人の私では難しそうなので、妹に私のマンションまで来てもらうことにしました。

新築のマンションの床に新聞紙を敷き詰め、ミニテーブルを置いてペンキを用意し、ワードでエレガントなフォントを選んで文字を印刷。それをはさみでくり抜きました。
そして、妹のデモンストレーションが始まりました。Tシャツの上にくり抜かれた紙を置き、上からポンポンとペンキを叩いていくと、Tシャツに文字が浮かび上がりました。1枚が完成すると、感嘆の声が上がりました。結構いい時間になっていたので妹は帰宅し、残りは私がやることになりました。

これを明日スタッフたちに見せるのがとても楽しみです。私は一人で仕上げながら、大きな達成感に包まれました。私の周りには、私にない才能のある人が既に揃っている。もう既に、成功へのピースは揃っているように感じました。こんな楽しくてワクワクするアイデア、マニュアルを読んでいては、絶対に辿り着けないものでした。妹よ、本当にありがとう。

翌日ペンキも乾き、タンクトップを持って行くと、スタッフたちに大好評で、昨夜の夜なべ仕事が報われた瞬間でした。

夜になり、SALEのタンクトップを何体かのマネキンに着せ、シンプルなセールディスプレーが完成しました。売り場の配置などもSALE仕様に完成。はじめて、自分もディスプレーに関わることができ、完璧なセール準備ができた気持ちになりました。

セール初日。なんとVMDスタッフのTさんが、SALEのタンクトップに着替えたい! ということで、とてもうれしくなりました。ファッショニスタはさすがの着こなし! なんと、お客様に「そのセールタンクトップ売ってますか?」と聞かれたそうです。私も遅かれ早かれ言われて、「これ、手作りなんですよ!」とドヤ顔で答えました。
アパレル業界に入社して丸2年が経過し、ようやく自分の仕掛けたアイデアで、お店のセールスがつくられていくことを体験できたのです。
 

■編集後記

誰に相談するとうまくいくか? そういうことが得意です。(笑)