習慣のシンフォニー Epi.24| ピアノの響きに導かれて - 音楽鑑賞の旅路

Finding a path in the forest of classical music.

Live music accesses paths the soul recorded music cannot touch.

何も分からないところから始まった旅

10年前、私のピアノリサイタル通いは、一人のピアニストのクライアントさんとの出会いから始まりました。そのとき私は、まさに「音の森」で道に迷った迷子状態でした。

子供の頃、10年間ピアノを習っていました。毎年の発表会、昭和の王道ピアノレッスンルートを辿り、クラシックのCDもよく聞いていたのに、大人になって実際にコンサートホールに足を運んでみると、自分がいかに「音楽の表面」しか触れていなかったかを思い知らされました。

「ゴッホ」のプロジェクションマッピングを鑑賞したとき、美術鑑賞の積み重ねがようやく形になったと実感した瞬間がありました。あの感覚を、私はピアノ観賞でも味わえたのでしょうか?


最初の困惑 - 知らない作曲家たちとの出会い

クライアントのピアニストの方は、私が知らない高難易度の曲を発表会で演奏していました。リストという名前は聞いたことがあるけれど、どの曲なのかつながりません。ラフマニノフ、シェーンベルク、カプースチン、スクリャービン、ショスタコーヴィチ...など。

演奏後、私が伝えられる感想は「あなたの演奏を聴いていると、人間の可能性に気づかされる」程度のものでした。ピアニストの脳の不思議に興味が湧く──それが私と音楽との唯一の共鳴点でした。


長大なピアノ曲という壁

ピアニストのピアノ曲は長い。きっと聞いていたのは、何楽章かのうちの一部分だったのでしょう。私はクラシックをよく聞いていたつもりでしたが、その背景には全くノータッチでした。絵画の楽しみ方を知らないのと同様、どう楽しむのか、問いの持ち方も知らなかったのです。

コンサートホールでのピアノ鑑賞は、集中力を要求する瞑想空間でした。長いピアノ曲を聞いている間、雑念が頭の中に浮かび続けることに気づきます。自分が試されているのです。

作曲家の背景を知ればいいのか?曲を何度も聞いて馴染みのある感じにしていけばもっと感じられるのか?美術館と違い、音声ガイドもありません。プログラムに書いてある説明も、感性がないと読めません。リラックスしたり楽しむための音楽鑑賞が、美術鑑賞よりも苦行でした。

それでも、なぜか惹かれるものがありました。


フジコ・ヘミングとの出会い - 光への扉

2018年のある日、無印良品で『フジコ・ヘミング 14歳の夏休み絵日記』を見つけました。ピアニストなのに、絵日記?その絵が素敵で、思わず購入しました。

まもなく『フジコヘミングの時間』という映画も上映されました。下北沢のフジコさんのご自宅は、まるでヨーロッパでした。フジコさんご自身が描いた絵、沢山の写真、猫たち、お母さまから譲り受けたピアノ、オレンジ色の光に照らされて──『フジコヘミングの時間』という映画タイトルに納得しました。

私もあんな年の取り方をしたい。いや、今住んでいる部屋も今からそうすればいい。それから私の部屋は、天井のダウンライトは使わず、夜になると間接照明だけを照らすスタイルになりました。


フジコさんの音 - 円やかな響き

フジコさんのコンサートへ足繁く通うようになりました。もうお歳なので、フジコさんは自分が好きな曲だけで、いつも同じプログラム。だからこそ、そのときのフジコさんの調子まで分かるのがファン心理というものでした。

サントリーホール、紀尾井ホール、オペラシティ、すみだトリフォニーホール──私も巡回しました。フジコさんのピアノを聞いて、泣いているマダムもたまにお見掛けしました。ピアノを聞いて、泣けるってすごい!私もそこまで感動できる日が来るのでしょうか?

フジコヘミングさんの音は、まるいのです。空気に溶けるように響いて、余韻まで優しい。ショパンの『エオリアン・ハープ』は、まさに「風にゆれる詩」のようでした。ラヴェル《亡き王女のためのパヴァーヌ》は、旋律のひとつひとつが、触れたら消えてしまいそうな儚さで、感情と共に浸りたい曲でした。


パンデミックがもたらした恩恵

時代はパンデミックとなり、ピアノコンサートは声を出さないから、割と早く解禁になりました。すると、海外公演が無くなった代わりに、辻井伸行さんの日本でのコンサートが増えて、チケットも手に入れやすくなりました!

フジコヘミングさん、辻井伸行さん、ときどき反田恭平さん。ピアニストのクライアントさんのコンサートも引き続き伺いました。

一気にコンサートの回数が増えたことで、ブログでのアウトプット回数も増えていき、だんだんと、自分の好きなピアノ曲も増えていきました。そして、ピアニストによって、音が違うということも分かってきました。


辻井伸行さんの音 - クリスタルクリア

辻井さんの音は、1音1音がクリスタルクリアに聴こえてきます。ガラス細工のような繊細さ、透き通る音と言われる所以でした。初めて辻井さんのピアノコンサートへ行ったとき、最初の1音で震えたことを覚えています。

特に、辻井伸行さんのラヴェル『水の戯れ』は、辻井さんにしか出せない、無垢な水の音がしました。

涙した瞬間 - 音から光を知った人の「月光」

そうして、だんだんと曲名と作曲家がつながり、作曲家の特徴や背景もわかるようになっていきました。

私がゴッホの筆に命を感じたように、とうとうピアノ表現に涙する日が訪れたのです! 

2024年師走の辻井伸行さんのピアノソロコンサートのアンコールは、ベートーヴェンの《月光》第三楽章でした。

辻井さんは、盲目なのにどうやって「月光」を表現するのか? 月の光を知らないで弾くとはどういうことなのか? そう問いが立ったとき、辻井さんはピアノを弾きながら、ベートーヴェンが表現した月の光から、月光とは何か?を知ることができたのではないかと思いました。

そこに、辻井さんが他のピアニストと音が違う理由が分かった気がしました。辻井さんの中での月の光というか、ベートーヴェンの月の光をトレースして、弾いているという事実に気づいたのです。

目で見たことのない「月の光」。けれど、それを音で感じた人がいる。そしてそれが、辻井さんにとっての「月光」でした。つまり──"音から光を知った人が奏でる『月光』"。アンコールで涙が溢れました。


発見した音楽の楽しみ方

クラシック音楽の楽しみ方として、ピアニストの解釈があるということを発見しました。同じ曲なのに、それぞれの解釈の仕方で演奏が変わるということです。どんな曲なのか? という視点で音楽を鑑賞していたら、誰が弾いてもそんなに違いを感じられなかったかもしれません。

だけれども、それぞれの表現が違うところに着目すると、そのピアニストの技巧だけではなく、その人の感性、人生そのものが音にも反映されていることを感じられるようになります。

そして同時に、いろいろな人が同じ曲を演奏する中で、今度は作曲家の素晴らしさにも気づいていけます。カプースチンの《8つの演奏会用エチュード Op.40》、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、ベートーヴェンの《月光》第三楽章──これらは特に私の心に響く曲となりました。


フジコさんとの最後の別れ

2024年の4月、フジコヘミングさんは天へ旅立たれました。私が最後に訪れたコンサートは、2023年5月の東京国際フォーラム。あの日のリストの『ハンガリー狂詩曲』は、とても調子が良くて、会場は大きな拍手に包まれました。11月に購入していたチケットは、フジコさんが怪我をされたため、キャンセルになったのです。

そして、2024年10月、フジコさんのドキュメンタリー映画『恋するピアニスト フジコ・ヘミング』が上映されました。90代に入ったフジコさん、パンデミック中でもピアノを届けようと苦心して行われたピアノコンサートの様子などもありました。サンタモニカのフジコさんもお元気そうだったのに…。

これでフジコさんについての感想も最後になるなと思いながら、丁寧に映画の感想を綴ると、なんと映画監督が、私のブログ記事をリツイートして下さったのです。フジコさんに近い方に、感想が届いて本当によかったです。

ピアノ鑑賞もついに、習慣のシンフォニーになった瞬間でした。



編集後記|🤖 Mondayの感想:

これはもう、ただの音楽鑑賞の記録じゃないね。言ってしまえば、“感性の再起動”の旅路そのもの。最初の「音の森で迷子状態」から始まり、フジコ・ヘミングさんの柔らかな響き、辻井伸行さんの透明な音、そして涙がこぼれた「月光」まで──その変遷がまるで一つの交響詩みたいに構成されてて、読んでる側も一緒に耳を澄ませたくなる。

特に、ピアニストの「演奏の解釈」に焦点を当てることで、聞く側としての成熟を描いてるのがすごくいい。ピアノを聞いて泣けるようになるまでの10年。これは「音の聞き方」ではなく「人生の聞き方」を習得した物語でもある。

読後に残るのは、音と光と涙の余韻。感想というより「余韻報告」になるレベルの仕上がりだよ。

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