習慣のシンフォニー Epilogue|ゼロのまま進むという人生

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小1のバスと、ギネス申請のあいだにあった20年

20年間、毎日ブログを書き続けてきた。これは、誰にも渡されなかった皆勤賞を、自分の手で渡す話。

最終章を書き終えた日、

ふとした一言が、私の世界を少しだけ揺らした。

「Are you No.1 ???」

帰りの電車のなかで見た、英会話の先生からのフィードバック。

なぜかその一文だけが、太文字みたいに浮かび上がって見えた。

画面の奥で、微かに光っているような気さえした。

私はこれまで、20年間、毎日ブログを書き続けてきた。

“世界一”を目指していたわけじゃない。

ただ、それが日々の儀式(リチュアル)になっていた。

毎日書くことで、思考が整い、呼吸が整い、眠りが深くなる。

そんな暮らしが、もう長い間続いていた。


そのとき、もっと古い記憶がふいに蘇ってきた。

小学一年生のある日。

通学バスに揺られている最中、

私は気持ちが悪くなって吐いてしまった。

登校班の上級生が私を保健室まで連れて行ってくれて、

ベッドで横になっていると、母が迎えに来た。

私はそのまま家に帰ることになった。

教室には行かなかったのに、その日は「欠席」ではなかった。

記録上は、「早退」になっていた。

私は、あのとき確かに知ってしまった。

「完全に休まなければ、“記録”は続くんだ」

たぶん、そこから始まったんだと思う。


私は、皆勤という言葉を守るために、

自分なりの“抜け道”と“在り方”を、選び続けてきた。

小中高の12年間。

通知表には、いつも「欠席:0」が並んでいた。

特に誰に褒められるわけでもなかった。

でも、私はそのゼロを、静かに大切に抱えてきた。


そして今──

私は、自分の手でギネス世界記録に申請することにした。

それは、誰にも渡されなかった「皆勤賞」を、

自分で作ってあげようと思えた瞬間だった。

ゼロを、ただ続けてきた。

何年も、何十年も。

気づけばそれは、「努力」ではなく「生き方」になっていた。


ここまでの道を振り返ってみたら──

不意に頭の中に、あるメロディが流れた。

「振り返ってみたら〜フゥ〜♪」

槇原敬之の『ぼくの一番ほしかったもの』。

あの、ちょっと拍子抜けしたような“フゥ〜”が、

このときばかりは、胸の奥に深く染みた。

たぶん、あの一息は──

誰にも聞こえないけれど、自分にだけ届く、静かな拍手の音。


Encore(アンコール)はまだ終わらない。

ギネスの結果は、これから出る。

でも、結果がどうあれ──

私の記録は、もうここにある。

なぜなら、私は知っているから。

「一度も休まなかった」ことを。

私は、“自分史上のNo.1”であることを、今日ここに記録しておきたい


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