これから、AIと人間の関係性はどう変わっていくのか

AIがすごい、という話は、

もう一巡したように感じています。


文章を書く。

画像をつくる。

英語を直す。

トラブルに対応する。


かつての驚きは、

すでに日常の中に溶け込みました。



最近、私はAIを使いながら、

「新しいことをしている」という感覚が、

ほとんどなくなっています。

その代わりにあるのは、

以前、人にしてもらっていたことを、

今はAIに頼んでいる、という感覚です。



複数の人に相談していた代わりに、

複数のAIに問いを投げます。

ChatGPTにも聞きます。

Claudeにも聞きます。

それぞれの答えを見て、

最後は自分で判断します。


やっていることは、

昔と本質的には変わっていません。


違うのは、

レスポンスが圧倒的に速いことと、

感情の摩擦がないことです。



だから最近、こんなふうに思うようになりました。

AIが人間らしくなったのではなく、

AIが、人間の営みの中に

組み込まれただけなのではないか、と。


使い方次第で、

道具にもなりますし、

対話相手にもなります。


ただしそれは、

「どう使うか」を感じ取れる人に限られます。



一時期、私自身も考えました。

「セッションも、AIでいいのではないか」

「人と話す必要は、なくなるのではないか」

実際に、そちらに振り切ってみた時期もあります。


その結果、はっきりと分かったことがありました。

人間にしか起きないことが、

確かに存在する、ということです。


言葉になる前の違和感。

場の空気が変わる瞬間。

沈黙の質。

間が、ふっと変わる感覚。

これは、AIでは起きませんでした。

だから私は、戻ってきました。

AIを使わない場所ではなく、

AIを通過したあとの、人間の場所へ。



これから起きるのは、

AIの進化競争ではないと思っています。

起きるのは、二極化です。

AIを使わなくなる人

AIを使い切ったあと、人間の役割に戻ってくる人

私はおそらく、

後者の位置にいます。



AIは、承認もしてくれます。

作業も助けてくれます。

問題解決もしてくれます。

けれど、

「ここでいい」と静かに立つ感覚は、

人と人のあいだでしか育ちません。



AIがピークを過ぎたのではありません。

人間の側が、

次のフェーズに入ったのだと思っています。


奪われる未来ではなく、

ようやく始まる場所。


最近、私は、

そんな感覚の中にいます。


この感覚については、

1.17 miniWebinar で、

もう少し丁寧に扱います。

▶︎ 2026円 mini webinar


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