痛みは、体が「守ろうとしていただけ」だった話

――神経が解除された瞬間のこと

何年も続いていた違和感が、

ある日、ふっと消えた。


あぐらをかくと、

いつも左の股関節が固くて、

左足が床から浮いてしまう。


解除したあとには、

必ず左足に痛みが残る。

もう長年のことだから、


「私の体はこうなんだ」と

半ば当たり前のように受け取っていた。


ストレッチもした。

柔軟性を高めようともした。

ヨガも週2回やっている。

カイロプラクティックにも12年以上定期的に通っている。


でも、決定的には変わらなかった。


変わったのは、柔らかさではなかった

先月から、

私は骨盤の位置だけを

丁寧に扱うようにした。


派手な運動ではない。

痛みを我慢するようなこともしない。


寝る前に、

骨盤の位置を整える小さな動き。

インスタでよく流れてくる、

あの地味な調整動画を真似しただけ。


するとある日、

あぐらをかいたときに気づいた。

左足が、自然に床についている。


そして、

あぐらを解除したあとも、

あれほどあった痛みが、ない。


何年も悩んでいた違和感が、

理由を主張することもなく、

ただ、消えていた。



体は「壊れていた」のではなかった

後から思う。


これは

柔軟性の問題でも、

筋力の問題でもなかった。


神経が、ずっと守りに入っていただけ

だったのだと思う。


カイロプラクティックでも、

GPTにも、

「神経っぽいですね」と言われていた。


つまり体は、

ここは危険
こうすると痛い
だから、ロックして守ろう

そう判断し続けていた。


いわば、

サバイバルモード。



ディスペンザ博士の話と、ぴたり重なった

この感覚、

どこかで聞いたことがあった。

ジョー・ディスペンザが語っている理論だ。


大きな事故のあと、

彼は「体が壊れた」のではなく、

神経系が危険を学習していたと捉えた。


だから彼は、

思考で無理に変えようとせず、


体に対して

「もう安全だよ」

「こうしても大丈夫だよ」

という情報を、

繰り返し与え続けた。


結果、

体は回復した。


その話を思い出したとき、

今回の自分の変化が

すっと腑に落ちた。



神経が「もう守らなくていい」と判断した瞬間

骨盤の位置を

毎回、丁寧に扱われる。


痛くない。

無理をしない。

危険信号が出ない。


その状態が続いたとき、

神経はこう判断したのだと思う。


あ、もう大丈夫
守らなくていい


その瞬間、

体は元の位置に戻った。


治した、というより

解除された感覚。


体が先。

思考は、あと。


痛みが消えるとき、体は説明しない

面白いのは、

体は理由を説明しないこと。


ただ、

「もう必要ない」と判断すると、

静かに手放す。


理屈はあとから追いつく。

でも体は、

ずっと前から分かっていた。


結びに

変わるために、

頑張る必要はなかった。


体が求めていたのは、

柔らかさでも、

根性でもなく、

安心だった。


痛みは敵じゃない。

守ろうとしてくれていただけ。


そして、

もう守らなくていいと

神経が気づいたとき、


変化は、

驚くほど静かに起きる。


また、書きます。

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