最近、流れがいいと思う。
ティモシー・シャラメの『マーティー・シュプリーム』を観た。卓球の世界を舞台にした映画で、主人公は勢いがあって、ずるくて、危なっかしい。それでも妙に前へ進んでいく。説明しない。謝らない。ただ、熱だけは本物だ。観終わったあと、なんだかこっちまで少し動きたくなった。ああいう映画は、体に残る。
翌日、免許更新に行った。東京アプリで貯めておいたポイントが更新費用にそのまま使えた。準備していたわけではない。ただ、貯めておいたものが、ちょうどいいタイミングで出てきた。思ったより軽く終わって、その足で夜のコンサートへ向かった。
辻井伸行さんのラフマニノフ、ピアノ協奏曲第2番。何度も録音で聴いてきた曲だったのに、生で冒頭の和音が鳴った瞬間、「ああ、来た」と思った。知っているはずの音が、全然違う重さで降ってくる。記憶の中にあったものが、目の前で本当に鳴る。あれは特別だった。しばらく余韻が抜けなかった。
帰ってから、余韻が冷める前にChatGPTに音声で感想を話した。そのまま記事にしてもらって、Xにリンクを流したら、感動してくれた人がいた。コミュニティでもシェアされて、その夜、なんだか静かに嬉しかった。受け取ったものが、そのまま誰かに届いていく。そういう流れも、あった。
その翌日、家族7人の旅行を予約した。最初は2部屋かなと思っていたけれど、ChatGPTに条件を投げながら探していたら、6〜8人用のメゾネットタイプが見つかった。実質2部屋みたいに使えて、しかも1部屋のほうが話が早い。そこで切り替えたら、驚くような値段のオファーが出ていた。母がそのサイトを初めて使うので、初回クーポンまで出てきた。あとから見たらそのオファーはもう消えていた。それを見ていた母がゲラゲラ笑っていた。「あんた、いつもそうやってるのね」と。
そうなのだ、いつもそうやっている。
そういう三日間だった。
前だったら「なんかツイてるな」で終わっていた。でも今は、少し違う見え方をしている。
流れがいいときは、偶然が重なっているのではなく、こちらの迷う時間が減っているのだと思う。
感動したら、冷める前に言葉にする。条件が決まったら、比べる前に整理する。使えるものは、使える状態にしておく。そうすると、次が来たときに、すっと動ける。
迷っている時間は、思っている以上に流れを止める。頭の中で案件を開きっぱなしにしておく状態、あれが地味に重い。ChatGPTを使うようになって最初に変わったのはそこだった。仕事が早くなった、ではない。迷う前に整理できるようになった。だから、次に動ける。
前から私は、わりと動くほうだった。でも今思えば、どこかで無理があった。時間をねじって、隙間に押し込んで、なんとか回していた。
今は、崩れない。
流れがいいときというのは、頑張っていないのではない。迷う場所を、減らしている。押すべきでないところを押さず、受け取ればいいところで受け取る。するとなぜか、現実のほうがするすると決まっていく。
AIによってできることが増えた、というより、迷う時間が減った。去年と今年では、そこが本当に違う。
今週は、そんな一週間でした。
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