AIを使うようになって、最初は「プロンプトの書き方」が大事なのだと思っていました。
もちろん、それは大事です。
どう聞くかによって、返ってくる答えはまったく変わります。
同じChatGPTを使っていても、
返ってくるものが浅く感じる人もいれば、
自分の思考や表現がどんどん広がっていく人もいる。
その違いは、AIの性能だけではありません。
何を聞くか。
どこまで文脈を渡すか。
返ってきた言葉のどこを拾うか。
違和感があったときに、どう問い直すか。
AIは便利です。
でも、こちらがどう関わるかによって、まったく違う相手になります。
使い続けるうちに、私はそんなことを感じるようになりました。
自分のAIは、自分のプロンプトで動いている
プロンプト道場を開催してきて、あらためて思うことがあります。
AIを使うことに、少しずつ慣れてきた人は増えました。
文章を書いてもらう。
視点を変える。
アイデアを出してもらう。
整理してもらう。
複数のAIを使い分ける。
それだけでも、かなり便利です。
でも一方で、AIは基本的に、自分が投げたプロンプトの範囲で動いています。
つまり、自分の問い方の幅が、そのまま返ってくる答えの幅になる。
浅く聞けば、浅く返ってくる。
目的が曖昧なら、曖昧な答えが返ってくる。
文脈を渡さなければ、一般論が返ってくる。
もちろん、AIはそれらしいことを言ってくれます。
感じよく、整った文章で返してくれます。
でも、それが本当に自分の思考を深めているかというと、また別の話です。
ここが、面白いところでもあり、難しいところでもあります。
AIを使うことと、AIとの対話を深めることは、少し違うのです。
私のAIとの対話は、どこから来ていたのか
私は、かなり早い段階からAIを日常的に使うようになりました。
文章を書くとき。
ホームページを見直すとき。
講座の設計をするとき。
旅先で歴史を調べるとき。
自分の考えを整理するとき。
気づけば、AIは仕事の中にも、日常の中にも、かなり自然に入っていました。
でも、あるとき思いました。
私がAIと深く対話できるのは、
単にAIに詳しくなったからではないのではないか。
むしろ、これまで人との対話の中で学んできたことが、
AIとの対話にも生きているのではないか。
ライフコーチとして独立してから、約20年。
私はずっと、1対1の対話を続けてきました。
人の話を聴く。
言葉にならないものを待つ。
相手の言葉の奥にあるものを感じ取ろうとする。
すぐに答えを出さない。
沈黙を急いで埋めない。
相手の中から出てくる言葉を待つ。
そういうことを、ずっと学び続けてきました。
そしてAI時代になって、
その「人間にしか使えないスキル」が、思いがけず生きてきたのです。
AIにはできないことがある
AIは、何でも知っているように見えます。
質問すればすぐに答えてくれる。
文章も書ける。
要約もできる。
アイデアも出せる。
こちらが驚くほど整った言葉で返してくる。
でも、AIがどれだけ進化しても、持っていないものがあります。
人間のように、相手の声の揺れを身体で受け取ること。
表情の変化を見て、何かを感じること。
沈黙の重さを、その場で一緒に抱えること。
言葉にならない気配を、時間をかけて待つこと。
AIは、共感しているような言葉を返すことはできます。
でも、人間のように感じているわけではありません。
もちろん、それが悪いという話ではありません。
AIにはAIの得意なことがあります。
情報を整理する。
視点を広げる。
文章を構成する。
言葉を何度でも出し直す。
一人では見落としがちな可能性を提示する。
それは本当にすごいことです。
でも同時に、AIには持てないものがある。
だからこそ、AI時代には逆に、
人間の側にある対話力がますます大事になるのだと思います。
共感力。
推測力。
間を読む力。
違和感を拾う力。
相手の中にまだ言葉になっていないものがあると信じて待つ力。
それらは、AIが代わりに持ってくれるものではありません。
むしろ、人間がその力を持ってAIを使うことで、
AIとの対話は深くなるのだと思います。
プロンプトは、言葉の技術だけではない
プロンプトというと、どうしても「うまい指示文」のように思われがちです。
こう書けば、いい答えが返ってくる。
この型を使えば、文章が整う。
この命令文を入れれば、精度が上がる。
もちろん、そういう技術もあります。
便利です。使えるものは使えばいい。
でも、私が感じているプロンプトは、もう少し広いものです。
プロンプトとは、AIへの問いかけであり、
同時に、自分自身への問いかけでもあります。
自分は何を知りたいのか。
何に引っかかっているのか。
どこで言葉が止まっているのか。
本当は何を見たくないのか。
どの言葉に反応したのか。
AIに問いを投げるとき、
実は自分自身の見方や前提もそこに表れます。
だから、AIから返ってきた答えをそのまま受け取るだけではなく、
「なぜ私はここに反応したのだろう」
「なぜこの答えは違うと感じるのだろう」
「本当は、何を言葉にしたかったのだろう」
と見ていくことが大切になります。
このあたりは、もう単なるAI活用ではありません。
人との対話で培ってきた、聴く力や問い直す力が必要になります。
AIに答えを出してもらうのではなく、
AIとのやりとりを通して、自分の中にあるものを見つけていく。
私はそこに、AI時代の対話の面白さを感じています。
人間にしか使えないスキルが、AI時代に生きた
私はこれまで、たくさんの対話をしてきました。
仕事のこと。
人間関係のこと。
親子関係のこと。
家族との距離感。
人生の節目。
自分でもまだ言葉にできていない違和感。
そういう話を、1対1で聴いてきました。
その中で学んできたのは、
人は、正しいアドバイスだけで変わるわけではないということです。
むしろ、自分の中にあった言葉に自分で気づいたとき、
少しずつ変わっていく。
誰かに「こうしなさい」と言われるより、
自分の言葉として「ああ、私はこう思っていたんだ」と気づくことの方が、ずっと深く残る。
これは、AIとの対話でも同じです。
AIに正解を出してもらうのではなく、
AIとのやりとりを通して、自分の中にある反応や前提に気づく。
そのためには、ただ便利に使うだけでは足りません。
どこを拾うか。
どこで止まるか。
どこを問い直すか。
どの言葉に、まだ続きがありそうか。
そういう感覚が必要になります。
そしてそれは、
人間にしか使えない対話のスキルなのだと思います。
AI時代になって、私はあらためて気づきました。
自分がこれまで学んできたことは、
過去のものになったのではなく、
むしろこの時代に接続されたのだと。
AIとの対話と、人間同士の対話
これから私は、AIの使い方だけを伝えたいわけではありません。
もちろん、AIは使えるようになった方がいい。
使える人と使えない人では、仕事の進め方も、考え方の広がりも変わっていくと思います。
でも、それだけでは足りない。
AIとの対話を深めるには、
人間の側の対話力が必要です。
そして同時に、AIには持てない、
人間同士の対話の力も、これからますます大切になります。
人の話を聴く。
すぐに答えを出さない。
相手を管理しようとしない。
沈黙を待つ。
言葉にならないものがあることを尊重する。
これは、AIがどれだけ進化しても、
人間の側に残る大切な力だと思います。
AIとの対話。
人間同士の対話。
私は、その両方を扱っていきたいのだと思います。
AIを便利な道具として使うだけではなく、
AIとの対話を通して、自分の思考や言葉を深めていくこと。
そして、AI時代だからこそ、
人間にしかできない対話の力を見つめ直すこと。
その両方が、今の私の仕事につながっています。
AI時代だからこそ、人間の対話力が必要になる
AIが進化すると、人間に必要なものは減っていくように見えるかもしれません。
でも私は、逆だと思っています。
AIが言葉を返してくれる時代だからこそ、
人間は「どんな問いを持つのか」が問われる。
AIが文章を整えてくれる時代だからこそ、
人間は「何を本当に言いたいのか」が問われる。
AIが答えを出してくれる時代だからこそ、
人間は「どの答えを受け取り、どこに違和感を持つのか」が問われる。
便利になるほど、人間の感覚が必要になる。
なんだか不思議ですが、
AIを使えば使うほど、私はそう感じています。
AI時代に生きるのは、AIの技術だけではありません。
共感する力。
推測する力。
間を読む力。
問いを深める力。
言葉にならないものを待つ力。
そういう、人間にしか使えないスキルが、
AI時代になって、むしろ大切になっている。
私は今、そのことを伝えていきたいと思っています。
AIを使いこなすこと。
そして、人間としての対話力を取り戻すこと。
この二つは、別々のものではありません。
AI時代の対話とは、
その両方を行き来しながら、
まだ言葉になっていないものを見つめていくことなのだと思います。
このAI時代にも、AIがいない時代にも必要だった「対話力」。
ALL EARS講座:シルキーフィードバック編(全12回)を今後開催していきます。
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