東北の旅から帰ってきて、数日が経ちました。
今回の旅は、80歳の母と一緒に参加したツアーでした。
中尊寺、宮沢賢治、松島、会津、鶴ヶ城、白虎隊。
歴史ある土地を巡り、
三つのホテルに泊まり、
毎日、郷土料理とお米三昧。
そして温泉に入りました。朝も温泉。夜も温泉。しかも、pH9のとろっとした温泉。
旅のあいだ、私はずっと食べているか、温泉に入っていたような気がします。
もちろん観光もしました。バスにも乗りました。動画も写真も撮りました。食事もしました。母と話し、AIにも聞き、歴史や土地のことを調べながら歩いていました。
でも振り返ってみると、今回の旅はどこか、ずっと何かに浸かっていた旅だったように思うのです。
温泉に浸かり、土地に浸かり、母との時間に浸かり、自分の仕事のこれからに浸かっていた。
そして気づいたら、自分の源泉のようなものを見つけていました。
旅のはじまりは、新幹線の中だった
旅の一日目。
東北へ向かう新幹線のグリーン車の中で、私は母に自分のホームページのトップ画像を見せていました。
一枚目を見せると、母はばっさり却下。
遠慮がありません。身内の審査員は、忖度という機能を搭載していないようです。
けれど二枚目を見せると、母は言いました。
「あら、これいいじゃない。イメージも湧くし、ちょっとメルヘンな感じも出ていていいわね」
その瞬間、ホームページのトップ画像が決まりました。東北へ向かう新幹線の中で。旅の一日目に。母のひと言で。
母は私の仕事をすべて理解しているわけではありません。でも母には母の感覚があります。
「これは違う」「これはいい」
その感覚が、意外と鋭い。私はその言葉を受け取りながら、旅を始めました。
旅の中には、いくつもの対話があった
今回の旅では、ChatGPTもよく使いました。
歴史的な建物を見たとき。土地の背景を知りたいとき。食べ物の由来が気になったとき。母との会話の中で、ふと疑問が出てきたとき。
その都度、AIに聞いてみる。
すると、ただ観光地を見るだけではなく、その場所が少し立体的に見えてくるのです。城を見る。その土地の歴史を聞く。誰がそこにいて、何が起きて、なぜ今その形で残っているのかを知る。
それだけで、目の前の景色が変わります。ただの建物ではなくなる。その場所に流れていた時間が、少しだけ見えてくる。
母も一緒に、「へえ、そういうことなのね」と言いながら聞いていました。
人と人の対話。人とAIの対話。土地との対話。歴史との対話。
今回の旅では、それらが自然に重なっていました。そして私は、そういう対話の中で、自分の仕事の輪郭を少しずつ確かめていました。
温泉に入りまくった
今回の旅では、三つのホテルに泊まり、どのホテルでも朝と夜に温泉に入りました。
特に一日目の温泉は、忘れられません。
pH9の、とろっとしたお湯。肌にまとわりつくような、やわらかい温泉。岩に囲まれた露天風呂も素晴らしくて、時間帯がよかったのか、ほとんど貸切のような状態でした。食事会場には人がたくさんいたのに、お風呂は不思議なくらい空いていました。
母と二人で、まるで親子貸切風呂のように。
「すごいね」「今までの露天風呂で一番!」「ここ、レベルが違う!」
そんなことを言いながら、朝から盛り上がっていました。
文章にすると何でもないことのようですが、私にとっては、けっこう不思議な時間でした。
私は昔から、母とそんなふうにいられたわけではありません。
親子だからこそ近い。近いからこそ、反応が出る。ちょっとした言い方に引っかかる。昔の感情が顔を出す。わかってほしかったことを、今さら思い出す。
去年は特に、母との関係がかなり難しくなった時期もありました。どうしてこんなに話が通じないのだろう。どうしてこんな雰囲気になってしまうのだろう。
そんなふうに感じたこともありました。
だからこそ、今回の旅で母と自然に笑い、温泉に入り、歴史を学び、同じ景色を見ている自分に、私は少し驚いていました。
あれ。私はいつから、母とこんなふうに旅ができるようになっていたのだろう。
フィフティーフィフティーに見える
旅の途中で、あるご夫婦から面白いことを言われました。
「実は、賭けをしていたんですよ」
ご主人が、少し笑いながらそう言いました。私と母が、親子なのかどうか。
奥さんは「親子でしょう」と。ご主人は「親子じゃないかもしれない」と思ったらしいのです。
理由を聞くと、こう言いました。
「普通、親子だと、娘さんがお母さんの上に立って、いろいろ言う感じになるでしょう。でも、お二人はフィフティーフィフティーに見えるんですよね」
その言葉が、旅のあともずっと残っています。
私は母を、管理する対象として見ているわけではありませんでした。歩く速さや疲れ具合は気にします。段差も気になります。でも、それ以上に気にしていたのは、母が何を見たいのか、何に驚いているのか、何を面白がっているのかでした。
母は保護対象ではなく、旅の相棒でした。
その姿が他の人にもそう見えていたのだとしたら、私はとてもうれしい。それは、私が母との関係の中で、少しずつ育ててきたものだったのかもしれません。
自分の源泉は、親子関係だった
温泉に入りまくったら、自分の源泉を見つけた。
今、そんなふうに思っています。
私の源泉は、「親子関係」なのかもしれません。自分でも少し意外でした。でも、考えてみると、ずっとそこにあったテーマでした。
独立する前に、『鏡の法則』(野口嘉則)という本を読みました。親子関係について書かれた本です。ライフコーチとして人に関わるなら、まず自分自身がこの関係において良い状態でなければならない。そのとき強くそう思いました。
家族は、人間関係の中で第一位だと思っています。
一番近い。だから一番難しい。でも、だからこそ、ここをちゃんとしておくことが大事なのだと思っています。
コーチングを学んでいても、自分の親との関係が未整理のままだと、どこかで限界が来る気がします。人の深いところに触れようとするとき、自分の深いところが揺れていたら、ちゃんと隣にいられない。
ライフコーチとして1対1の対話を続ける中で、何度も何度も、親子関係や家族との距離感は出てきました。そのたびに、自分自身がこのテーマと向き合い続けてきたことが、静かに力になっていたと思います。
ちょうどこの記事を書いている最中に、姪からメールが来ました。
今年18歳になる姪っ子が、私の昔のブログを読み返しているというのです。自分が小さかった頃の出来事が書いてある記事を。
その中に、パパに注意されて泣いていた5歳の姪に、私が寄り添ったシーンがありました。
「かわいそう爆笑」 「ひとみが優し過ぎる爆笑」
私は返しました。
「覚えてる。」
「え〜笑笑笑笑笑笑笑」 「覚えてんの笑笑笑笑笑笑笑」 「これは覚えてないわ私は笑笑笑笑」
姪は覚えていない。私は覚えている。
当時の私は、メンタルケア講座で「どう相手に寄り添うか」を学んでいた時期でした。子供たちが小さい頃は、おばさんとしてどう関わるかを、かなり意識的に試していました。「寄り添う姿勢について書いた」と伝えると、姪は「すごいね〜」と返してきました。
それが、12年という時間を越えて、笑いに変わって戻ってきた。
そこで気づいたのは、あの頃の私がやっていたことは、方法ではなかったということです。
「こういうとき、こう言えばいい」というマニュアルではなく、どういう姿勢で子供の前にいるかを学んでいた。姿勢は、言葉を選ぶ力になります。方法は場面が変わると使えなくなるけれど、姿勢は自分の中に残る。
親子ではない関係でも、それは同じでした。
親との関係は、私たちが最初に出会う人間関係です。
そこで聞かれなかったこと。そこで言えなかったこと。そこで身につけた反応。それらは大人になってからも、仕事やパートナーシップの中に、形を変えて現れることがあります。
だから親子関係を見つめることは、過去をほじくり返すことではないのだと思います。自分がこれからどう生きるのかを見つめることでもある。
「もっと話しておけばよかった」と思う前に、今できることがある。
でも、それは必ずしも仲直りではありません。親を変えることでも、無理に近づくことでもない。
まずは、自分の中で言葉にすること。
何に反応しているのか。何をわかってほしかったのか。これから、どんな距離で関わっていきたいのか。
自分の中でそれが見えてくると、親との距離感も少し変わります。無意識の反応に振り回されるのではなく、自分で選べるようになる。
それが、親子関係における対話の意味なのだと、私は思っています。
温泉で見つけたもの
今回の旅で、私は本当にたくさん温泉に入りました。
朝も夜も。宙(そら)の湯では、母と一緒に星を見ながら。
そして気づいたら、自分の仕事の源泉を見つけていました。
温泉から帰ってきて、ようやく自分の温泉を見つけました。
なんだか遠回りのようですが、こういう発見は、たぶん机の前だけでは起きなかったのだと思います。
P.S. 人生や人間関係を、後悔で終わらせないための対話。そして、AI時代に人間にしかできない対話を考える。そういえば、親子関係のテーマが、私のセッションで一番多いトピックだったと気づきました。
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