未来を想像するより、未来に余白をつくる。

ジョー・ディスペンザ氏の著書などでも語られている、

「未来の感情を先に味わう」

「すでに叶ったように感謝する」

というアプローチ。


頭では理解できても、こう感じている方は多いのではないでしょうか。

「……で、どうやったら本当にその感情になれるの?」


私自身、何度も試してきました。

叶えたい未来をイメージする。

それが実現したときの喜びや感謝を、先に感じてみる。

もちろん、すっとその世界に入れる日もあります。

でも、「未来の感情を感じよう」とすればするほど、どこかに、それを意図的につくろうとしている自分もいる。

そんなことを考えていたとき、ふと、自分の仕事のことを思い出しました。


自分以外の人が見せてくれる未来

私の仕事では、クライアントの未来について話すことがよくあります。

「こんな展開もありそうじゃない?」

「こういう形になったら面白くない?」

「この先、こんな世界につながるかもしれないよね」

私が思いついた未来を話すと、相手の表情が急に変わることがあります。

「え、それ面白い!」

「そんなこと考えたことなかった」

「それ、やってみたい!」

さっきまで自分の未来について考えていても、それほどワクワクしていなかった人が、私の話を聞いた途端にワクワクし始める。

なぜだろう?

考えてみたら、当たり前なのかもしれません。

自分以外の人のイマジネーションは、自分の経験の枠の外からやってくるからです。


自分で未来を想像するとき、私たちはどうしても、これまでの経験を材料にします。

過去に見たもの。

経験したもの。

うまくいったこと。

うまくいかなかったこと。


そうした経験知から、

「この先は、たぶんこうなる」

「現実的には、このくらいかな」

と未来を描いていく。


でも、他人はその人の過去を、本人ほど背負っていません。

だから本人には思いつかなかった未来を、意外と簡単に想像できる。


そして、

「そんな未来、考えたことなかった」

という瞬間に、未来にUNKNOWNが生まれる。

もしかすると、私たちがワクワクするのは、未来を鮮明に描けたときだけではなく、

「自分がまだ知らなかった未来がある」と気づいたときなのかもしれません。

今の自分が想像する未来は、過去からできている

ここから、もうひとつ気づいたことがありました。

未来を想像するとき、私たちは「未来」を見ているつもりでも、実は過去の経験を材料にしています。

だとしたら、未来を具体的にイメージしようとすればするほど、

今の自分が想像できる範囲の未来

になってしまうこともあります。


そこで私は、問いの角度を少し変えてみました。

「もし、次に起きる嬉しいことが、今の私にはまったく想像できないものだとしたら?」


何が起きるのかは、まったくわからないことに、

ちょっとワクワクしてくるのを実感しました。


ということは、

未来の具体的な映像なんて、なくてもいいのかもしれない。

「何か楽しいことが起きるかもしれない」

「想像もしていなかった展開が待っているかもしれない」

そのUNKNOWNを楽しみにする感覚なら、今ここで先に味わえる。

これなら、できそうですね。


そういえば、若いころは普通にやっていた

そして、ここでもうひとつ思い出しました。

20代、30代のころの私は、今よりずっと簡単にワクワクしていました。

考えてみれば、経験していないことがたくさんあったからです。


新しい仕事をする。

知らない人に会う。

知らない場所へ行く。

何かを始める。

その先に何が起きるのか、わからない。


つまり、人生そのものにUNKNOWNがたくさんあった。

だから未来を細かく描かなくても、

「やってみたら、何か面白いことが起きるかも」

と自然に思えた。


わからないからこそ、

「やってみよう」

とも思えた。


ところが、年齢とともに経験値が増えてくると、

「これは、たぶんこうなる」

「前にも似たことがあった」

「このパターンは知っている」

と予測できることが増えていきます。


UNKNOWNだった世界が、少しずつKNOWNで埋まっていく。

経験が増えたぶん、未来を予測する力も上がった。

もしかすると私は、未来にワクワクしなくなったのではなく、

ワクワクするための余白が、少なくなっていただけなのかもしれません。


だから、Spaceをつくる

若いころより、過去が増えた。

経験も増えた。

成功も失敗も増えた。

「こうなるだろう」という予測も増えた。


だからこそ、未来に何か新しいものが入ってくるためには、

少しSpaceをつくる必要がある。


何かが起きたときに出てきた反応を、そのまま未来の答えにしない。

「あ、今こう反応しているんだな」

と気づいて、一度置いてみる。


すぐに意味をつけない。

すぐに結論を出さない。


すると、そこにほんの少し余白ができます。

その余白に、

「じゃあ、どうする?」

という問いを置いてみる。


あるいは、

「もし、私がまだ想像もしていないことが起きるとしたら?」

と問いを置いてみる。


答えは出さなくていい。

「何だろう?」

それだけでいい。


未来をもっと上手に想像することより、

*想像できない未来が入ってこられる場所をつくる


必要なのは、もっと上手なビジュアライゼーションよりも、

Spaceだったのかもしれません。


 One Day One Unknown.

だから、次の1D1Uでは、これを少し実験してみようと思っています。

One Day One Unknown.

反応を置く。

Spaceをつくる。

そうすると、

「次は、何が起きるんだろう?」

と、まだ知らない未来を楽しめる余裕ができる。


未来がわからないことには、不安もある。

そして同時に、

わからないから、楽しみ。

という感覚もある。


反応をいったん置くことで、そこにSpaceが生まれる。

そのSpaceに、まだ名前のない出来事が入ってくる。

それを、新しくなった1D1U(Unknown)で、来月は実験する予定です。


Create Space.

Let Life Surprise You.


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堀口ひとみ|Art of Being