願望が現実になる前に、未来はもう始まっていた

毎年この時期になると、なんとなく「今年も何か動きそうだな」と思います。

いわゆる「ライオンズゲート」と呼ばれる時期です。

実際、これまでにもこの時期に、普段なら選ばないことを始めてきました。

突然「ChatGPTと共著の本を書こう」と思ったり、「Etsy」ショップを開設したり、新しい扉を開けるような選択をしてきたのです。

本当にライオンズゲートの影響なのかは分かりません。

ただ私にとっては、毎年この時期にUNKNOWNへ動きやすくなる、私的な季節のサインのようなものになっています。

そして今年も、やはりそうなりました。


始まりは、標高2531メートルの山でした。

「私を、通してください」

山頂までの道は、想像以上に岩だらけでした。

石にしがみつきながら、それでもなんとか登り切った。


その山頂で、私はふと祈っていました。

「私を、通してください」

自分という存在を通して、何か必要なものが流れていくように。


その翌週、「スキルをもっと社会に役立てたい」という願いが生まれた。

文章を書くこと。

人の話を聞くこと。

教えること。

AIを使うこと。

長く生きてきたなかで、気づけばいろいろなものを持っていました。


それらを必要な場所へ流し、使えたらいい。

そう思った翌日から、不思議なくらい話が早くなりました。


銀座へ向かう電車で、韓国の人に道を聞かれた

英会話のレッスンが終わったあと、なんとなく「銀座へ行こう」と思いました。

いつもと違う電車に乗り、ホームへ降りたところで、一人の女性に声をかけられました。


スマートフォンの画面は韓国語。

私には読めません。

しかも老眼です。

韓国語と老眼の二重ロック。


ただ、「銀座」という言葉は分かりました。

「私も銀座へ行きますよ」と英語で答え、一緒に電車に乗ることにしました。


彼女は英語を話せず、私は韓国語を話せません。

そこでChatGPTの登場です。

彼女が韓国語で話し、ChatGPTが日本語にする。

私が日本語で返し、それを韓国語にする。

そうやって会話が始まりました。


彼女の行きたい場所を探しながら、ふたりで銀座の街を歩いていたときです。

スマホを覗き込むと、彼女がChatGPTへ入力した画面に、こんな言葉が出ていました。


며칠 전에 서울에서 일본인 관광객을 안내해 줬더니 행운이 찾아왔네요.
数日前にソウルで日本人観光客を案内してあげたので、私にも幸運が訪れたようですね。


その画面を見た瞬間、ハッとしました。

彼女もまた、数日前にソウルで日本人観光客を助けていた人だったのです。


「私を通してください」と祈った翌日、私は巡り巡ってきたそのバトンを、銀座の路上で受け取っていました。

お互いに腕をさすりながら「鳥肌が立った!」とジェスチャーで伝え、ふたりで笑い合いました。


そのあと入ったスターバックスでコーヒーをごちそうになり、今度は私から彼女へChatGPTの使い方を教えました。


自分で韓国語を音声入力して、日本語に変換し、私に見せる。

それができるようになると、彼女自身でも会話ができるようになりました。

さらにInstagramのDMの送り方まで一緒に確認し、連絡先を交換。

最後には「韓国に来たら案内するよ」と言ってくれました。


前日に「自分のスキルをもっと役立てたい」と思ったばかりです。

翌日には、駅で知らない人に声をかけられ、AIを使って道を案内し、その使い方まで教えている。

ちょっと出来すぎています。


「日本語を教えたら?」

その次に起きたのが、日本語教師の話でした。

オンライン英会話でいつも話している先生から、こう言われたのです。


「あなた、日本語を教えたら?」

先生の生徒には、70代で日本語教師に登録した人もいるそうです。

実は1年ほど前にも、日本語教師への登録を考えたことがありました。

そのときは模擬レッスンの受付が止まっていて、そのままになっていました。


今回は違いました。

先生に言われて、

「あ、それも自分のできることを使う一つの方法だな」

と思った30分後には、模擬レッスンまで終わっていました。


3時間後には、通っていました。

翌日、自己紹介文を書き、動画を用意し、必要な登録も済ませました。

いつでも日本語教師として始められるところまで、あっという間に整っていました。


気づけば、「日本語を教えてみたい人」から、「日本語を教えられる場所に登録した人」になっていました。


ライターになりたいと思っていたら、もう動いていた

高校生の頃から、ライターやコラムニスト、エッセイストのような仕事に憧れていました。

その後、長年ブログを書き続け、ブログランキングで1位になったこともあります。

英語の記事もMediumへ5年ほど投稿しています。

だから、ずっと「書く人」ではありました。


でも今、少し違うことが起きています。

私は初めてライターとして仕事を受けるために、いくつかのサイトへ登録し、実際に応募しました。

ある仕事では二次選考まで進み、3時間ほどかけて課題を書きました。

文章を考え、構成し、提出する。

その最中に、ふと思いました。

「あれ……私、ライターになりたいんじゃなくて、もうライターとして動いているじゃない」

願望が、いつの間にか行動になっていました。


ちょうどその頃、山について書いた英語の記事に、MediumのPublication(編集媒体)から掲載の声がかかりました。

編集者からタイトルやサブタイトルについて直接アドバイスが入り、それを反映して再提出すると、

「OK。また次の記事を楽しみにしているよ」

と返事が届きました。


そして翌日には、記事のあちこちに見たこともない数のハイライト(蛍光ペンの線)がつき、コメントも届きました。


登山靴についてのアドバイス。

痛めた足への気遣い。

日本の山と神社の関係についての感想。

英語で書いた文章の向こうに、本当に人がいる。

その人が読み、編集者がアドバイスをくれ、読者が線を引き、言葉を返してくれる。


5年間Mediumに投稿してきて、初めて「ライターとして外の世界とつながっている」という生々しい手触りがありました。


願望と現実の間に、行動が入った

この一週間を振り返ると、不思議なくらい出来事が一本の線でつながっています。


山頂で「私を通してください」と祈った。

自分のスキルを社会に役立てたいと思った。

外国から来た人を案内し、AIの使い方を教えた。

日本語教師を勧められ、30分後には模擬レッスンを受けた。

ライターの仕事に応募し、選考課題を書いた。

英語の記事が海外のPublicationに載り、読者から言葉が返ってきた。


一つひとつは、小さな出来事です。

でも、そのすべてに共通しているのは、思ったあと、すぐに「その人」として動いていたことでした。


「人に役立ちたい」と思ったあとに、人を案内した。

「日本語を教えるのもいいかもしれない」と思ったあとに、模擬レッスンをした。

「ライターとして仕事をしたい」と思ったあとに、応募し、課題を書いた。


願望というと、完成した結果が目の前に現れたときに「叶った」と考えがちです。

けれど、

その願望を生きる人として今日の行動を選んだ瞬間から、現実はすでに始まっている。


「すでにある」は、こういうことかもしれない

最近、1D1U METHODをまとめながら、「すでにある」という言葉について考えていました。

結果が完成している、という意味ではありません。

未来を生きる自分が、今日の選択の中にすでに現れている。


私はまだ、日本語教師として多くの生徒を教えているわけでも、ライターとして大きな仕事をしているわけでもありません。

でも、書いている。

応募している。

教える準備をしている。

知らない人を助けている。

英語で世界へ文章を出している。

その人として、もう動いています。

だったら、「もう始まっている」と言っていいのだと思います。


今回のライオンズゲートで、人生が突然劇的に変わったわけではありません。

でも、自分が人生の中で使っている役割が増えました。


ライフコーチ。

書く人。

教える人。

AIを使って、人と人をつなぐ人。

自分の中にずっとあったものが、外の世界と次々につながり始めた感覚です。


ライターのことも、突然始まったわけではありません。

高校生の頃からの憧れがあり、22年間ブログをずっと書き続け、5年間Mediumに投稿してきた線があった。

その線の上で、外側との接続が一気に増えたのです。


この一週間、未来がやってきたのではありません。

未来の自分として選んだ行動の中に、すでに未来が始まっていることに気づきました。


山頂で「私を通してください」と祈り、スキルを使いたいと願った一週間後。

私は韓国の人にChatGPTの使い方を教え、日本語教師の入口に立ち、ライターの課題を書き、海外の読者から登山靴を心配されていました。


神様も、配属先を一つに絞れなかったようです。


🖊 英語版 Medium 

I Prayed to Be Useful. Then Everything Began to Move.