前回、「AI時代に必要なのは、ファッションセンスのような“選ぶ力”かもしれない」と書きました。
では、その“選ぶ力”は、どこから生まれるのでしょう。
ここ最近、これまでやってきたことを見直しながら、新しいサービスをパッケージにしたり、紹介ページをつくったり、画像をつくったりする作業をずっとしていました。
その中で、AIにはかなり助けてもらいました。
まず自分のことを話す。
これまでの経験や強み、やりたいこと、届けたい相手について話す。
するとAIが、その文脈をもとに、
「こういう説明はどうですか」
「こういう名前はどうですか」
「こういう構成にすると伝わりやすいです」
と提案してくれる。
サービス名。
キャッチコピー。
ページ構成。
説明文。
申し込みまでの流れ。
画像。
フォント。
色。
フィードバックシートの見せ方。
かなり多くのことを、AIとやり取りしながら決めていきました。
ここまでできるようになったこと自体、改めてすごいことだと思います。
でも同時に、ずっと試されていたものがありました。
それが、
「どれを選ぶのか」
ということです。
AIが作ってくれる。でも、そのまま使えるとは限らない
たとえば返信メールや、自動返信文。
こういうものなら、「分かりやすく整えて」と頼んで、かなりの部分をそのまま使えます。
必要な情報が漏れず、失礼がなく、読みやすければいい。
そこに毎回、魂を込める必要まではありません。
でも、新しいサービスをつくるときは違います。
AIが出してきた文章を見て、
「これは少し怖く感じるかもしれない」
「この言葉だと、悩みを強く言いすぎている」
「この表現は、このサービスを受ける人には合わない」
「このデザインは少し違う」
「フォントはもっと読みやすい方がいい」
「この順番では伝わりにくい」
そんな判断を、何度もしていくことになります。
AIはつくってくれる。
でも、それが本当にいいのか。
自分に合っているのか。
受け取る人にどう見えるのか。
そこは、こちらが決めるしかありません。
同じAIを渡しても、同じものはできない
「ホームページを作りたいなら、まずAIと内容を詰めて、それを別のAIに渡せばページまで作れるよ」
と教えることはできます。
やり方だけなら、かなり簡単になりました。
でも、その手順を知っているだけで、誰でも同じクオリティのものができるかというと、たぶん違います。
出来上がったページを見て、
「このままでいい」
と思う人もいれば、
「ここは違う」
と気づく人もいる。
さらに、
「自分には好きだけれど、お客さんには伝わりにくいかもしれない」
と考えられる人もいる。
この差は、ツールの使い方ではなくて、判断する力の差なんだと思います。
そして、その判断する力には、かなり「センス」が関わっている。
センスは、どこから来るのか
以前、
「センスは知識からはじまる」
という言葉を読みました。
たしかにそうだと思います。
何も知らなければ、比較することもできない。
でも、私は最近、センスは知識だけでもないと思うようになりました。
自分がこれまで体験してきたこと。
失敗したこと。
人に何かを伝えて、思ったように伝わらなかったこと。
逆に、すごくよく伝わったこと。
商品を出して反応があったこと。
反応がなかったこと。
そういうものが、全部判断材料として蓄積されていく。
「こう言うと、相手はこう感じるんだな」
と分かること。
これは本を読んだだけでは、なかなか身につきません。
何度も人と関わって、何度も出して、何度も修正して、
「これは違う」
という精度を少しずつ上げていく。
だからセンスって、
経験の圧縮データみたいなものなのかもしれません。
街の中も、全部インプットになる
私は、街を歩いていても、つい店の見せ方を見ることがあります。
ウィンドウのディスプレイ。
商品の並べ方。
文字の大きさ。
色の組み合わせ。
どこに視線が行くようになっているか。
普通に歩いていたら、そんなに気にしないものです。
でも、自分でデザインをするようになると、見え方が変わります。
「なんでここに目が止まったんだろう」
「この色だから見たのかな」
「この余白、いいな」
「この文字は読みやすい」
そうやって、街の中にあるプロの仕事を勝手に観察する。
写真を撮ることもある。
それがまた、自分の中に蓄積されていく。
デザイナーとして街を見る。
編集者として文章を見る。
サービス提供者として申し込みページを見る。
視点が変わると、日常そのものが教材になります。
自分が「買う側」のときも、かなり勉強になる
サービスを受けるときも同じです。
案内文を読んで、
「この言い方だと安心する」
「これはちょっと押しが強い」
「ここまで書いてあると申し込みやすい」
「この説明だと分からない」
そういう自分の反応を観察する。
つまり、
自分の購買心理も教材にする
ということです。
何かを買ったとき、
「なぜ私はここで申し込んだんだろう」
と考えてみる。
逆に離脱したとき、
「なぜやめたんだろう」
を見る。
これも、センスを磨くインプットになると思います。
言葉については、「恐怖心」が判断を狂わせることがある
もう一つ、これはかなり大事だと思っていることがあります。
言葉を選ぶとき、自分が恐怖心の中にいると、判断軸が変わるんです。
「こう言ったら嫌われるかな」
「こう思われたらどうしよう」
「失敗したらどうしよう」
そういうサバイバルモードに入ると、自分が本当に伝えたいことではなく、
どう思われないようにするか
で言葉を選び始めてしまう。
そうなると、文章はたぶん弱くなります。
逆に、自分が実際に体験したことは何だったのか。
そこで本当に感じたことは何なのか。
それを、伝えたい相手に届く言葉にできているか。
そこに戻れると、言葉はかなり変わる。
だからセンスを磨くというのは、知識を増やすだけではなくて、
自分の判断軸をできるだけニュートラルに戻すこと
でもあるのだと思います。
AIを複数使うと、さらに「選ぶ力」が試される
私は同じテーマを、複数のAIに投げることがあります。
一つのAIは、こう言う。
別のAIは、違う案を出す。
また別のAIは、全然違う角度から返してくる。
そうすると、今度はこちらが、
「これは好き」
「これは違う」
「この部分だけ使いたい」
と選ぶことになる。
つまり、AIが増えるほど、答えが増える。
そして答えが増えるほど、
人間の選ぶ力が必要になる。
これはなかなか面白い構造です。
AIが賢くなればなるほど、人間は何も考えなくてよくなるのかと思いきや、むしろ、
「どれを採用するのか」
という判断の仕事が増えている。
人類、便利になったらなったで、また別の宿題を渡されています。
結局、回数を重ねるしかない
じゃあ、選ぶ力やセンスはどう磨くのか。
たぶん、すごく地味です。
見る。
比べる。
試す。
出す。
反応を見る。
修正する。
また出す。
その繰り返し。
プロがつくったものをたくさん見る。
自分がどう感じたかを観察する。
人がどう反応したかを見る。
自分でもつくってみる。
そしてまた選ぶ。
そうやって、
「これは違う」
「こっちの方がいい」
という判断の精度が、少しずつ上がっていく。
センスは、生まれつきの才能のように見えることがあります。
でも実際には、かなり地味な観察と試行錯誤の積み重ねなのかもしれません。
AI時代に、プロの価値はなくなるのか
ホームページをAIが作れる。
画像もAIが作れる。
文章もAIが書ける。
だから、プロの仕事はなくなる。
そんな話もあります。
たしかに、単純な作業は減ると思います。
でも、自分が内容をつくったあとで、
「これを誰かに見てもらいたい」
「この判断で本当にいいのか確認したい」
と思うことは、たぶん残る。
むしろAIがたくさんの案を作れるようになるほど、
その中から何を選ぶべきかを見てくれる人
の価値は上がるのかもしれません。
作る力から、見る力へ。そして、判断する力へ。
プロフェッショナルの役割も、少しずつ変わっていくのだと思います。
AI時代に必要なのは、AIを使う技術だけではない。
AIが出してきたものを見て、
「これは違う」
「これはいい」
と判断できる力。
その力は、たぶん一夜では身につきません。
でも、これまで生きてきた時間や、仕事をしてきた時間や、失敗してきた時間は、案外ちゃんとそこに残っています。
だから私は最近、
経験って、最後はセンスになるのかもしれない。
と思っています。
🖊英語版
Experience Eventually Becomes Taste: How to Develop the Power to Choose in the Age of AI
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