私は普段、驚くほど長い時間をAIとともに過ごしている。
思考を整理するのも、文章を書くのも、新しい構想を練るのも、そしてウェブサイトを立ち上げるのも。
日々の大半をChatGPTやClaudeとの対話の中で進めている。
特にClaudeは、サイト制作の頼もしい相棒だ。
ChatGPTが作ってくれた詳細なプロンプトを丸投げするだけで、こちらの意図を汲んで見事に形にしてくれる。
コードが組み上がっていく作業を見守っている間、
「次はどんなデザインになるんだろう?」
といつも胸がワクワクする。
いつものChatGPTは、私のこれまでの文脈をよく知っている。
だから「こうしたい」と一言投げかければ、驚くほどの精度とスピードで続きを形にしてくれる。
すべてがスムーズで、すべてが快適だった。
あの一言を聞くまでは。
先週、英会話のレッスンに行ったときのことだ。
その日、私はある英国人イラストレーターの絵がプリントされたTシャツを着ていた。
それを見た先生が、レッスン中にその場で彼女のウェブサイトを検索し、画面を見つめながらポツリと言った。
「君も、こんな英語のサイトを作ったらいいよ。日本のウェブサイトって、文字が多くて読むのが大変じゃない?」
先生が開いた画面は、驚くほどシンプルだった。
ビジュアルがドンとあって、必要な余白の中に必要なものだけが置かれている。
驚いたのは、お問い合わせフォームが
「Let's Work Together.」
とだけ書かれていたことだ。
「あ、確かに」
と、胸の奥で何かが腑に落ちた。
その日の夜、見よう見まねでChatGPTとClaudeを使い、1時間ほどで英語版のシンプルなサイトをつくってみた。
思った以上に簡単に形になり、満足気にあらためて自分の日本語のホームページへ戻ったとき、愕然とした。
「……あ、やっぱり文字だらけだ」
そこから、サイトの大改造が始まった。
幸い、ここ数ヶ月かけて中身自体はつくり込んでいた。
テキストもサービス内容も言語化は済んでいる。
材料はすべて揃っていた。
「もっとシンプルに見せる」という視点をひとつ入れた瞬間、見慣れたはずの素材がまったく違う表情を見せ始めた。
ChatGPTに文脈を整理してもらい、Claudeに指示を出してページを組み替えていく。
文字で説明するのをやめ、各ページを象徴する画像で魅せる。
展示室を巡るような構造に変えていった。
数日後、サイトはかなり洗練され、美しく整った。
……けれど、並んだ画像を見つめながら、私は小さな違和感を抱えていた。
「きれいだけど、なんか『自分』じゃないな」
落ち着いていて、まとまっている。
でも、無難。
そんな感じだった。
ちょうど家にこもって作業ばかりしていたので、散歩へ出た。
店を見たり、街を歩いたりしながら、
「この店は入口でこういう見せ方をしているんだな」
「このビジュアルを見ると、何の店かわかるな」
と眺めていた。
そのとき、ふと思った。
——じゃあ、私のサイトにはどんな絵が合うんだろう?
その問いを持った瞬間、記憶の底から一筋の光が差し込んだ。
そうだ、2010年につくった、あのホームページだ。
散歩の途中、カフェの椅子に座ってすぐにスマホを取り出した。
過去のブログ記事、レンタルサーバーのファイル、Googleドライブ、Gmailの奥深くまでを夢中で探した。
16年前、幼なじみの制作チームにウェブサイトをお願いしたときのこと。
打ち合わせで、彼らは言った。
「ホームページなんだから、トップ画像は『ひとみの部屋』にしようよ」
私の実際の部屋を撮影し、イラストレーターさんがそれをぬくもりのある絵にしてくれた。
そのサイトは、少しばかり遊び心が過ぎていた。
昼間は明るい部屋になり、夜になるとしっとりとした夜の部屋に変わる。
ときどき雨が降り、そのあとには綺麗な虹がかかる。
小さな私のキャラクターがいて、訪れた人に手を振ったりもした。
今思えば、かなり遊んでいる(笑)。
でも、そのホームページはとても好評だった。
見に来てくれた人は、単に情報を読みに来るのではなく、
「ひとみの部屋に遊びに来る」
ような感覚を楽しんでくれていたのだ。
「あ、そうだ。2026年の私の部屋を描けばいいんだ」
Gmailの検索で出てきた当時のWordファイルからイラストをキャプチャし、今度は「今の私の部屋」にあるものをカメラで切り取っていく。
ピアノ、観葉植物、自転車、鏡、デスク、パソコン、お気に入りの椅子、そして、窓の向こうに広がる景色。
それらをChatGPTに渡し、
「2010年のこの絵の空気感で、2026年の私の部屋を描きたい」
と伝えた。
一緒にプロンプトを練り上げ、生成ボタンを押す。
画面に現れた画像を見たとき、思わず息をのんだ。
ちょっとデフォルメされていて、まるでファンタジー東京のようだったけれど(笑)、驚くほどあっけなく
「これだ」
と思える空間が立ち現れたのだ。
16年前の思い出と、いま生きているこの場所が、確かにひとつに繋がった瞬間だった。
トップページの絵が決まると、そこから他のことも次々と決まり始めた。
スクエア型の画像で統一し、それぞれのページを一枚の展示作品に見立てる。
トップページから画像をクリックして、各部屋へ入っていくような構造。
気づけばホームページ全体が、ひとつの「美術館」になっていた。
それから金・土・日・月。
わずか4日間でサイトの表情は一変し、一週間後には
「先週までのサイトとは別物」
と言えるほどの空間が完成していた。
できあがった2026年版の部屋のイラストを、2010年のイラストと並べてSNSに投稿してみた。
すると、当時一緒にサイトを作ってくれた幼なじみからメッセージが届いた。
「懐かしいね。なんだか泣けてくるわ」
昔のクライアントさんからも
「ああ、本当に懐かしいですね」
と温かい反応が寄せられた。
そこで改めて、
あのサイトはちゃんと人の記憶に残っていたんだ
と気づいた。
2026年版の「ひとみの部屋」をつくることが、単なる懐古ではなくなった瞬間だった。
今回のリニューアルを経て、ひとつかなりはっきりしたことがある。
私は普段、かなり長い時間AIと話している。
ChatGPTは私のこれまでの文脈もかなり知っているから、「こうしたい」と言えば精度高く続きを考えてくれる。
けれど今回、
「シンプルにしてみたら?」
という最初の一滴を落としたのは、英会話の先生だった。
AIではない。
その何気ない一言が、一滴としてAIとの対話に持ち込まれた。
するとAIは、その一滴をどんどん広げていった。
AIは、私の文脈の中をかなり遠くまで連れていってくれる。
人間は、ときどきその文脈の外から、一滴を落としてくる。
AIと話すことで思考は整理され、研ぎ澄まされる。
でも、思考の軌道そのものをガラリと変える「飛躍」は、人間との何気ない会話や、予期しなかった文脈から生まれることがある。
AIが整理し、人間が飛躍させる。
20年以上、人と一対一で向き合う仕事をしてきた私にとって、「人間と話す意味」をあらためて捉え直す体験となった。
先週、英会話の先生が私のTシャツを見なかったら。
イラストレーターのサイトを検索しなかったら。
「君もこんなサイトにしたら」と言わなかったら。
2010年の「ひとみの部屋」を思い出すこともなかったかもしれない。
大きな計画からではなく、誰かが何気なく落とした一滴から、未来は突然動き出す。
リスクも計画もなく、ふいに落とされたその一滴を拾って広げるところには、いまAIがいる。
未来は、ひとりでつくるものでも、AIだけでつくるものでもない。
人とAIのあいだに落ちた一滴から、思ってもみなかった形が生まれていく。
今回のホームページは、そのことを私自身が体験した、一週間の記録になった。
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