最近、昔のブログを掘り返しています。
きっかけは、新しいプラットフォームに商品を出すために、昔の写真や記録を探していたことでした。
すると、2011年に書いたこんな記事が出てきました。
「本当にそれがやりたいのか?心の声なのかわからない」悩み。
このブログに記事をインポートしてあるのでここでも読めます。
しかも、その記事には2021年になってからコメントがついていました。
まさに私のことでした。
悩んでいたけど興味があるから
進んでみます!
ブログを書いてから10年後。
しかも、そのブログ自体を止めてから数年経っていた頃です。
それを見て、ちょっと驚きました。
ああ、こういうテーマって、やっぱりずっと変わらないんだな、と。
そして、もうひとつ思いました。
じゃあ、2026年の私は、同じテーマを今ならどう書くだろう?
2011年の私は、「横軸」を説明していた
当時の記事で私は、
「やりたいこと」がわからなくても、人生を縦軸だけで考えなくていい。
ひとつひとつの目標を達成する縦軸ではなく、
ずっと探求し続けているテーマを横軸として見たらいい。
そんなふうに書いていました。
そして、自分自身の横軸として、
「人はいかに動くか?」
という問いを、22歳頃から持っていると書いていました。
マクドナルドも、アパレルも、コーチングも、人材育成も、接客も、集客も、全部その問いにつながっている、と。
2011年の私は、そんなふうに自分の人生を見ていたようです。
今読み返しても、これはかなり私らしい考え方だと思います。
でも、2026年の今の私なら、たぶん少し書き方が違います。
今の私は、まず問いを置くと思う
「本当にやりたいことがわからない」
そう言われたら、今の私は、すぐに答えを説明しないと思います。
たぶん、まず聞きます。
今、何をやっていますか?
それから、
これまで、どんなことをやってみたいと思っていましたか?
なんの制限もなかったら、何をしてみたいですか?
やらなかったら、あとで後悔しそうなことは何ですか?ずっと持ち続けている問いは何ですか?
「やらなくてはいけないこと」と「やりたいこと」は、あなたの中でどう違いますか?
そんなことを、ひとつずつ聞いていくと思います。
そして、その人の話を聞きながら、文脈を見ます。
何度も出てくる言葉は何か。
昔から繰り返しているテーマは何か。
なぜかいつも戻ってくる場所はどこか。
そういうものが少し見えてきたら、そこで初めて、
「もしかすると、こういうことをやりたいんじゃない?」
と、仮説を返すと思います。
昔は「考え方」を渡していた。今は「問い」を渡している
2011年の記事を読んでいて気づいたのですが、当時の私は、わりと説明しています。
「横軸で考えるといい」
「興味があるなら進めばいい」
「何をやってもいい」
そういう見取り図を、先に渡している。
今の私は、たぶんそこまで先に言わない。
まず問いを置く。
話を聞く。
その人の文脈を見る。
それから、ひとつの見方を仮説として返す。
そして、本人が選ぶ。
振り返ると、私の対話も随分変わったんだなと思います。
昔は、考え方を渡していた。
今は、問いを渡している。
「やりたいこと」は、当てるものではないのかもしれない
今の私は、「本当にやりたいこと」を一発で見つけようとしなくてもいいと思っています。
むしろ、
今やっていること。
過去に気になっていたこと。
やってみたいと思ったこと。やらなかったら後悔しそうなこと。
長く持ち続けている問い。
そういうものを並べていく。
すると、その中に何度も現れているテーマが見えてくることがあります。
それが、2011年の私が「横軸」と呼んでいたものなのかもしれません。
横軸が見えてくると、職業名をひとつに決めなくてもよくなります。
やることが変わってもいい。
仕事が変わってもいい。
興味の方向が少し変わってもいい。
自分がずっと探求している問いがあるなら、そこにはつながりがあるからです。
だから結局、2011年の私も今の私も、かなり同じことを言っているのかもしれません。
何をやってもいい。
ただし、今の私はそこにもうひとつ付け加えます。
自分が何を繰り返し問い続けているかを、よく見てみる。
それが、その人なりの方向を見つけるヒントになるからです。
今なら、AIにもこう使うと思う
2026年の今なら、このテーマにAIも使います。
でも、
「私の本当にやりたいことは何ですか?」
とは聞きません。
AIに答えを決めてもらいたいわけではないからです。
もし、プロンプトにするとしたら、
過去の記録や、これまで話してきたことを材料として、
これまでの仕事、興味、悩み、繰り返し考えてきたことを見て、
私が長く持ち続けている「問い」や「横軸」があるとしたら何だと思いますか?職業名や使命を決めつけず、繰り返し現れているテーマを仮説として3つ挙げてください。
それぞれ、どの文脈からそう考えたのかも教えてください。
そんなふうに聞くと思います。
AIに答えを出してもらうのではなく、
自分の文脈の中にあるパターンを拾ってもらう。
そして、それを見ながら、
「これは違う」
「これは確かにずっとある」
「この問いは昔から持っている」
と、自分で判断する。
今の私にとってAIは、そういう使い方の方が面白いです。
15年後の自分から、2011年の記事を読む
2011年の記事に、2021年の人が「まさに私のことです」とコメントを残していた。
そして2026年の私は、その記事を読み返しながら、
「今ならどう書くだろう?」
と考えている。
なんだか不思議です。
でも、こうして時間をまたいで昔の記事を読むと、変わったことと、変わっていないことがよく見えます。
2011年の私は「横軸」を説明していた。
2026年の私は、たぶんその人に問いを渡す。
でも、最後にたどり着く場所は、そんなに変わっていないのかもしれません。
あなたは、どんな問いを持ち続けていますか?
そして、その問いを持ちながら、
今、何をやってみたいですか?
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