会話と対話、質の違いは、どうやって生まれるか?

 「相手の行動につながる聴き方、伝え方ができるようになりたい」というテーマのセッションでした。ちょうど来週3/1に「心を動かす傾聴力」というテーマでのプチセミを開催するので、事前にテーマになり、私の言語化の助けにもなりました。そのセッションを通して気付いた「会話の質の違いがどうやって生まれるか」についてシェアしたいと思います。

 先日友人から、「こんなときどう返したらいいの?」という悩み相談を受けました。
 友人は個人相手にあるサービスをする仕事をしていて、現在のお客様から新しいお客様を紹介してもらったようです。「まずは、一度お電話で」ということで、友人は相手とやりとりして、電話のできる日を決めたようでした。ところが、その日になっても先方から電話が来ず、「あれ?頼むのやめたのかな?」という不安と、「普通向こうから電話してくるだろうと思う場面だけど、私の方が電話すべきだったのかな?」という不安がでてきてしまったようです。

 友人は、「ふつう、あっちから電話だよね」と言いました。
 私は、「そうね、私も大抵はそう考えるけど、あちらにとっては、『ふつう、あちらから電話でしょ』と思っているかもしれない。それぞれの世界のルールみたいなものがあるから、相手にとっての正解は、こっちから電話してくることだったかもしれないね。だから、『お待ちしておりましたが、いかがでしょうか? 本日なら○時が大丈夫です』と、ニュートラルな感じでメールをしてみたら?」とアドバイスしました。

 友人にとっては、その言葉の選択肢は見つけられていなかったようです「こちらが悪かったのかな…。あちらが電話すべきと思うけど」というところでグルグルして、抜け出せていなかったということです。私の言葉を聞いてみて、「ああ、なるほどね」となっていました。

 「そちらから電話をするものだと思う」と、こちらの意見を伝えてしまっては、あちらは横柄な感じや、否定をされたようにも感じます。しかし、「お待ちしておりましたが…」と返すと、相手も受け止めやすくなります。実際のところ、相手が電話をしてくることになって、仕事をすることも無事に決まったようでした。

 ニュートラルな観点から、話し手の背景、話し手の向こうの背景を想像してみること。このプロセスが入るだけで、会話の質は深くなっていくのです。

 おそらく、会話が聞くだけで終わっている場合は、「相手の味方になってあげたい」という気持ちで、共感して、聴くだけで終わりです。「そうだよ、ふつうあっちからだよね」と共感してフェイドアウトしていく感じです。

 または、「違う考えを訂正して、正しい方向へ導いてあげたい」というスタンスで聞いている場合は、アドバイスを言って、フェイドアウトです。「あっているか、間違っているか」の二元論では、会話は終わってしまうのです。相手の行動につながる聴き方、伝え方へつながりにくいでしょう。

 相手は相手の背景、考えがあったのかもしれない。こちらはこちらでこんなことを考えている。

 大抵、人間関係の悩みは、分かりあえていないというところです。もしかして、こうだったんじゃないかな? と想像力を働かせてみることで、相手を許すことにつながり、こちらの気持ちも手放せることもあります。Forgive Forgetです。

 もちろん友達の味方でもあるんだけれど、ニュートラルなところに立って、友達の相手のことを想像してみること。見えていなかったところを理解できると、心がなにしろ落ち着いていくのです。


 今日はこちらの質問はいかがでしょうか?

バランスを意識してみていますか?

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