「自分が犠牲者」になっていると、周りのしてくれていることに気づきにくくなる。

 ほとんど、自分の過去記事を読むことはないのですが、たまにコメントを頂いたタイミングで読むことがあり、今朝リズ・ブルボーの本の書評を書いた記事を久しぶりに読みました。あのとき読んでいた自分から、さらに自分の感じ方が変化しているのを感じます。
『〈からだ〉の声を聞きなさい 』 リズ・ブルボー記事。

 私の身近な人に、リズ・ブルボーの本を読んで欲しい人がいて、でもお薦めをせずに、タイミングを待っていました。すると、今年に入ってから、まさにスピリチュアルな感じでタイミングがやってきたのです。
 私は、今だと思いメールをしました。「たくさん時間がありそうですが、本は何か読んでいますか?」と伺ってから、1冊しか読んでいないというので、「クライアントさんも沢山読んでいて、私も読んで自分が変わった本で、お薦めがあります」と言って、『LOVE LOVE LOVE』を送りました。

そして、数日後、感想がメールできました。

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 今読み終わりました!このタイミングで、リズの本に出会ったことはやはり引き寄せられたことなのかなと思いました。実行するのはなかなか大変そうですが、エゴじゃなくてハートでなんでも受け入れられ流ようになりたいなと思いました。昔からの家族のこととか色々当てはまるが沢山ありびっくりしました。次は、「5つの傷」が自分に当てはまりそうなので読んでみたいなと思います。もちろんこの本もまだまだ読み返さないと!本当にありがとうございました

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 その後、リズの本にあったように「受け入れる」を実践しようと思ったようですが、どう対処したらいいかわからないことがあると言うことで、質問メールが来ました。


 自分が原因で、相手が明らかにイライラしているとき、それを受け止めるという事はわかるのですが、平常心でその後接すればよいのでしょうか?自分が原因でとは思わないようにしたいものですが、答えがあきらかなので。私は自分ばっかりと犠牲者になっていた部分がかなりあったと思います。それは本が気づかせてくれたのですが。その時々にどう対処していいかまだわからないことがいっぱいあります。実践するって難しいですね。

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(私より)
 相手のイライラは、相手が原因なのです。相手は、相手の中の自分のイライラに反応しています。同じ現象でも、イライラしなくて、穏やかな人もいますよね。だから、自分が原因ではありません。ただ、自分としては、もう少しこう接したらよかったかな?って考えて改善することはできますよね。相手は自分の鏡、を利用して、自分が相手の言動で、どう感じたか? を常に受け入れてみようと、感情をそのまま感じ取ることで、自分の発見をすれば、よいのです。そこを受け入れるのです。
 相手のイライラは、相手の中の原因、あるいみ、そこは気にしないこと。自分を変化させていくことだけを考えれば、結局、相手のありのままを受け入れることができる、自分になります。

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その後、すぐに『五つの傷』も送り、感想が来ました。


 『五つの傷』読み終わりました!見捨てがかなり当てはまり、裏切りも少しかなと。いやでも体の特徴として色々現れるんですね。びっくりしました。二つの本を読んでさらに受け入れることの大切さを痛感しました。本の大切かなと思う部分も書き留めたのですが、リズが一日であったことを書き留めておくといいと言っていたので実行してます。今まで、リズの本にも出会わなかったわけですが、今回は引き寄せられたのかなと思います。すごいですね。

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 こんなやり取りをしました。本を読んでから3ヶ月経過後、「変わった」ことを自分自身も周りの人も認知してくれているようです。その人のなかで、「受け入れること」を意識した途端に、「感謝しています」とか、「私は幸せです」という言葉が、今までよりもたくさん使われるようになったことが、私もその人の変化を感じたところです。以前は、「自分が犠牲者」になっていたので、周りのしてくれていることに、気づきにくくなっていたのだと思います。


 リズの本に出逢ってから私は3年が経ち、「受け入れる」ことで、ますます自分が穏やかになっています。
 過去に繰り返していた問題が、ときたま起こったとき、「今、受け入れるタイミングが来た」と、その感情と向き合って、自分の行動を見直したり、自分を癒すこともできるようになりました。

 そして、昨日気づいたことがありました。
 自分のこともよく見え、相手のことも見えるようになると、その日初めて出会った人とも「ありがとう」を交わせるチャンスを見逃さないのだなと。

 電車で座った瞬間に、「おっ」と思い、反射的に席を譲りました。「おばさんってずうずうしいわよね(笑)」とおっしゃったので、「いやいや、座ってもらった方が!」と私は言葉を返していました。言葉の返しが変化している自分に気づきました。
 夜、入ったカフェは、客席が少ないところで、お店に入ってきた外国人が、席が空いてなくて、どうしようかというところでした。私は、ちょうど食べ終わったばかりで、少し休憩してからお店を出ようと思ったのですが、もし、私が席を立てば、その人もお店の人も助かるかな、と思い、席を立つことにしました。「Thank you!」と言われ、私も笑顔になりました。隣に座っていた人は、先にごちそうさまが済んでいましたが、立たない様子でした。神様は、私かその人に「ありがとうチャンス」を与えたのかもしれません。(笑)

 そういうタイミングを、神様が創ってくださったのかなと思いました。今まで見えないものに感謝することは頭でわかっていても、経験してわかる境地にはまだ遠かったのですが。最近、タモリさんがおっしゃっていた「させていただく」という境地が、自分にも少しわかり始めたのかなと、思いました。

 「受け入れる」ということから、始まった連鎖。これからはどんな世界が見られるのか楽しみになります。