「どちらかに決められない状況」の時、「曖昧」にしておくことで気付けること。

 7.7開催の夏コミのテーマは「曖昧」です。
白黒はっきり付けずに「どっちもいい」感じの意味で使うと思います。知人と話していたら、「どっちでもいい」より「どっちもいい」なのではないか? との意見がありまして、確かに「でも」がついたら、否定のニュアンスが少し含まれる感ありますね。ま、それもどっちでもいいんですが。(笑)

 以前、私がコーチングをしていて困ったなぁと感じるときは、「どちらかに決められない状況で寄り添う」という状況でのセッションでした。

 ある5年前の「恋愛相談」のセッションでのことです。
「もう、こんな恋愛、別れるべきとは分かっているんですけどね」と言って、別れられなくて、ずるずるとした状態のとき、セッションでお話しを聴いていました。

 私も、聴いていてなんだかどっちでもいい感じがしてきたので、「白黒つけようとしているから苦しいようですね、グレーでいいじゃないですか」と半ば疲れたのでそう言ったのです。クライアントさんは安堵の表情をしたように感じました。(スカイプだったので)
その言葉が一番腑に落ちて、癒し効果もあったようでした。

 コーチングでは「決定」を促さなくてはいけないと思っていたので、こんなセッションは、あまりよくないのかな・・・と思っていたのですが、どうやらこれが一番よかったようです。いま思うと、私も随分囚われていたままセッションをしていました。囚われずに自由にやるタイプと思っていましたが、そうでもありませんでした。こちらがニュートラルでないと、クライアントさんが自由に発言できないとわかっていきました。

 セッションを重ねるごとに、聴いていて、これは結論でなさそうだな…と感じた時に、「どっちもわるくない」とか、「どっちもいい」という言葉を、自然と発することが増えてきました。相手が自分で気づくためには、いい言葉のようだと認識していったのです。そう発した方が、心を平安にして、じっくりと考え続けることができることが分かってきました。

 最近も、恋愛相談があり、別れた方がいいとは思っているけど心が難しいという状況でした。
 「別れた方がいいと思っているけど決められないのですね。何故、惹かれているのか? 恋愛は欠乏感から来ると言われるようですよ。自分が自分に対して、何か欠乏していることがあるかもしれないから、考えてみましょう」と、恋愛から、自分を満たすについて考えることにしました。どう別れるか?の気持ちの整理を考えるよりも、その点は曖昧にしておいて、もっと広い範囲で考える対話を進めていきました。
 

 その時に、私の昔の恋愛話を思い出しました。私が繰り返してしまう恋愛パターンに、「憧れから恋愛する」というのがありました。
 以前、心理学のサイトで、「欠乏感から恋愛する」というのを知ったことがあったので、クライアントさんにも当てはまるかもしれないと、私の話を一例として話してみたのです。

 別れたのに、たまたま二人して、同じ駅に引っ越してしまったという、悲劇?(笑)がありました。「絶対会わない」と決めることは、自分が苦しくなると思ったので、まあ、家も近いし、ご飯でもしましょうということになって、ご飯を食べに行ったことがあります。
 その頃、コーチングの勉強を始めたばかりのときでした。彼が「コーチング披露して」と言ってきたので、彼にコーチングをしました。すると、「すごいね」と驚かれました。正直嬉しかったです。(笑)
 
 今思うと、「すごいね」と言われるのを私はどうも待っていたようなのです。仕事のスキルが高いと思う人に憧れで好きになったわけですから。その言葉を待っていましたとばかりに、ようやく気持ちの決着がつきました。自然と前に進み始めたのです。

 それから好きになるタイプも、やっぱり私のできないことができる憧れタイプで、どうもいつもうまくいかないわけです。そして、ついに気付いたのが、相手に認めてもらおうとしているからうまくいかなかったのだということでした。

 20歳くらいから繰り返していた私の「癖」のようでした。自分の足元を自分で評価するのではなく、人からの評価によって、自分を大丈夫だとする癖。そこから抜けるには、自分の欲求に気付いて、自分を満たすことを学習することが必要のようでした。

 「自分を満たす」という言葉は、2年前くらいから知ってはいましたが、そこでも気付くことができずにいました。15年くらい気付かなかったんですね。
 そんな私が気付いたわけですから、最近は自分の感覚が全く違うことを感じています。今度こそ本当に力が抜けました。(笑)

 クライアントさんもまるっきり同じだったようで、セッションでは、自分で自分を満たすところが分かってきて、数日後、考察も進んだと報告メールを頂きました。

 白黒はっきりさせないことで、自分の本当の欲求にだんだんと気付いていくと思いました。気持ちが落ち着かないときというのは、もっと気づいてほしい本当の気持ちまで耳を澄ませてあげられていないのかもしれません。無理に落ち着かせようとしてもやっぱり無理があります。

 そんなとき「曖昧」という感覚が役に立ちます。曖昧の「曖」は、お日様の愛と書くことも、なんだかわかる気もしてきました。自分のことを待ってあげましょう。

 「曖昧」は、事実をニュートラルにみる視線なのだと思います。ニュートラルにみれば、ただそのことについて検証するだけと思えて、楽に自分を客観視できるのです。

 今回のコミコレは、自分で自分を苦しくしてしまっている、自分でも気づいていないことの発見にもやがてつながる、「曖昧感覚」を捉えることができるかもしれませんね。「曖昧」の感覚は、自分の心の味方のような気がします。


 今日はこちらの質問はいかがでしょうか?

「どっちでもいいよ」と相手から言われるとイライラしますか?


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「相手の存在価値をそのまま生かす対話とは?」を軸に考える講義スタイルのセミナー。

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『曖昧』という漢字を見ると発見がありました。曖昧は、お日様のような、ただそこにある愛を表しているのかもしれません。そこからディスカッションが、始まりそうです。『曖昧』を体験した時に感じる気持ち、感覚を味わえるコミコレにしたいと思っています。