あるクライアントさんが、「周りと一緒はやだ。フツーはやだ。みたいなところがある。
自分を普通と認めたくない」とおっしゃったときに、思ったことがありました。
「自分が普通と思っていることが、周りから見たら普通でないということがあるから、実は自分は普通ではないんです」と禅問答のようになってしまいましたが、そんな言葉がつい出てきました。クライアントさんは、感覚的にわかったみたいでした。
そんな自分の普通について、ちょっと考えてみました。
今日、ネイルサロンへ行ったときに、いつものネイリストさんに、あるアプリで占いをしてあげました。当たっているところもあるけれど、実はあまりピンとこないようなところの方が多かったようです。私はその占いが当たりすぎていたので、占いを見てあげようと思ったのですが・・・。
彼女がピンとこなかったところは、「今生のチャレンジにしていること」という項目でした。
「リーダーシップを取ること」が今生でのテーマとありました。
普段、リーダーシップとは無縁のようで、自分が何かを企画したりすることや、仕切ることはないそうなのです。たまたま、私の妹(3人兄弟の末っ子)もその部分は、同じ結果でした。
ネイリストさんも三姉妹の末っ子というところが共通していました。末っ子ならば、小さい時からリーダーシップを発揮する必要のないポジションというところも、そう魂が選んで生まれてきたのでしょうか?
妹もリーダーとは無縁のようでしたが、「最近、8人分みんなのチケット買ってあげた」と、自分としては珍しくリーダーシップを発揮したことに、苦笑いしていました。
私にとっては、みんなのチケットを買うことは普通のことですが、妹にしては、チャレンジだったのか、と思いました。
そんな話をしたら、ネイリストさんは、「なるほど!」と思えたようで、「今度の友達との集まりで、自分が幹事になってやってみようかな・・・」と言っていました。新しいチャレンジですね。
私の場合は「最後まで一人でやることが今生でのチャレンジ目標」とありました。
長女というのもあるのか、親も色々と手伝ってくれた気もします。いつも一人ではやりきれず、みんなのおかげでできました! みたいなシーンが人生で多いです。
このブログを書くにあたっても、クライアントさんとのやり取りを書くことはできても、自分の考えを長々と書くことは、苦手でした。ようやく、今月から最初から最後まで一人で書けるようになったところです。それができないと、出版するというレベルへ行けないような気がしていました。
また、「一人になりたいけど、一人は怖いタイプ」とありました。一人になりたいくせに、一人で楽しむことが苦手で、32歳まで一人旅をしたことがありませんでした。 それを言うと「え!!!」とかなり驚かれることもありました。
以前に前世療法(ヒプノセラピー)で出てきた過去世は、「一人で寂しい」イメージだったから、今生では、一人でも幸せと思えるようになることが課題かなと、漠然と思ったことがありました。ひとみずむ4の『つながり』にも書きましたが、その課題をクリアできたかどうかを確かめるために、ニースへひとり旅に出たのです。
また、「一人」は普通の自分の対極でしたので、ポジティブ気味だった自分のネガティブな部分や、深めることや、待つことが苦手など・・・、他のこともボロボロと苦手克服テーマがやってきて驚きました。まるで、ニュートラルになるための、通過儀礼のようでした。
クリアできた今、人生、ようやくこれからだなぁという感じがしているのです。今ごろです。
一人は嫌だから、リーダーになることを選んでいたのもあるでしょう。リーダーシップは、私にとっては普通のことであり、ネイリストさんや妹は、普通じゃないことだったのです。また、逆に「一人の時間」は、ネイリストさんも妹も普通のことでした。
自分の普通の対極に、自分のチャレンジ目標があったというのも、占いの結果といえども、不思議だなぁと思いました。もしかしたら、チャレンジし、恐怖を乗り越えることで、魂が成長する気もします。そこに気付くか気づかないか・・・。チャレンジするかしないか・・・。自分で選ぶことができますが、意外と盲点かもしれませんね。気づくには、普通にできることの裏もみてみることでしょうか。
私にとっては、その手順を踏むよりも、どうしても一人でも大丈夫を克服したい! というこみあげてくるものがありましたし、読む本、観る映画・・・「まずは自分を満たしなさい」という言葉ばかりを目にしました。
自分が心地よいところで安住するだけでなく、自分の居心地悪いところも安住できたら、怖いことがなくなりそうですね。要するに、バランスが大事なのでしょうか。
人によっては、怖くない普通のことが、自分にとっては怖いこと。
自分では普通のことが、人からしたら普通でなく、でも、自分の中で普通でないことにチャレンジすることでの人間性の幅の広がりもある。
自分の中の普通をもっと伸ばすことと、自分としては、普通でないところにチャレンジし、それが普通になったとき、なんだかものすごい成長を遂げそうな気がします。
今日はこちらの質問はいかがでしょうか?
今生でのチャレンジは何だと思いますか?
自分を普通と認めたくない」とおっしゃったときに、思ったことがありました。
「自分が普通と思っていることが、周りから見たら普通でないということがあるから、実は自分は普通ではないんです」と禅問答のようになってしまいましたが、そんな言葉がつい出てきました。クライアントさんは、感覚的にわかったみたいでした。
そんな自分の普通について、ちょっと考えてみました。
今日、ネイルサロンへ行ったときに、いつものネイリストさんに、あるアプリで占いをしてあげました。当たっているところもあるけれど、実はあまりピンとこないようなところの方が多かったようです。私はその占いが当たりすぎていたので、占いを見てあげようと思ったのですが・・・。
彼女がピンとこなかったところは、「今生のチャレンジにしていること」という項目でした。
「リーダーシップを取ること」が今生でのテーマとありました。
普段、リーダーシップとは無縁のようで、自分が何かを企画したりすることや、仕切ることはないそうなのです。たまたま、私の妹(3人兄弟の末っ子)もその部分は、同じ結果でした。
ネイリストさんも三姉妹の末っ子というところが共通していました。末っ子ならば、小さい時からリーダーシップを発揮する必要のないポジションというところも、そう魂が選んで生まれてきたのでしょうか?
妹もリーダーとは無縁のようでしたが、「最近、8人分みんなのチケット買ってあげた」と、自分としては珍しくリーダーシップを発揮したことに、苦笑いしていました。
私にとっては、みんなのチケットを買うことは普通のことですが、妹にしては、チャレンジだったのか、と思いました。
そんな話をしたら、ネイリストさんは、「なるほど!」と思えたようで、「今度の友達との集まりで、自分が幹事になってやってみようかな・・・」と言っていました。新しいチャレンジですね。
私の場合は「最後まで一人でやることが今生でのチャレンジ目標」とありました。
長女というのもあるのか、親も色々と手伝ってくれた気もします。いつも一人ではやりきれず、みんなのおかげでできました! みたいなシーンが人生で多いです。
このブログを書くにあたっても、クライアントさんとのやり取りを書くことはできても、自分の考えを長々と書くことは、苦手でした。ようやく、今月から最初から最後まで一人で書けるようになったところです。それができないと、出版するというレベルへ行けないような気がしていました。
また、「一人になりたいけど、一人は怖いタイプ」とありました。一人になりたいくせに、一人で楽しむことが苦手で、32歳まで一人旅をしたことがありませんでした。 それを言うと「え!!!」とかなり驚かれることもありました。
以前に前世療法(ヒプノセラピー)で出てきた過去世は、「一人で寂しい」イメージだったから、今生では、一人でも幸せと思えるようになることが課題かなと、漠然と思ったことがありました。ひとみずむ4の『つながり』にも書きましたが、その課題をクリアできたかどうかを確かめるために、ニースへひとり旅に出たのです。
また、「一人」は普通の自分の対極でしたので、ポジティブ気味だった自分のネガティブな部分や、深めることや、待つことが苦手など・・・、他のこともボロボロと苦手克服テーマがやってきて驚きました。まるで、ニュートラルになるための、通過儀礼のようでした。
クリアできた今、人生、ようやくこれからだなぁという感じがしているのです。今ごろです。
一人は嫌だから、リーダーになることを選んでいたのもあるでしょう。リーダーシップは、私にとっては普通のことであり、ネイリストさんや妹は、普通じゃないことだったのです。また、逆に「一人の時間」は、ネイリストさんも妹も普通のことでした。
自分の普通の対極に、自分のチャレンジ目標があったというのも、占いの結果といえども、不思議だなぁと思いました。もしかしたら、チャレンジし、恐怖を乗り越えることで、魂が成長する気もします。そこに気付くか気づかないか・・・。チャレンジするかしないか・・・。自分で選ぶことができますが、意外と盲点かもしれませんね。気づくには、普通にできることの裏もみてみることでしょうか。
私にとっては、その手順を踏むよりも、どうしても一人でも大丈夫を克服したい! というこみあげてくるものがありましたし、読む本、観る映画・・・「まずは自分を満たしなさい」という言葉ばかりを目にしました。
自分が心地よいところで安住するだけでなく、自分の居心地悪いところも安住できたら、怖いことがなくなりそうですね。要するに、バランスが大事なのでしょうか。
人によっては、怖くない普通のことが、自分にとっては怖いこと。
自分では普通のことが、人からしたら普通でなく、でも、自分の中で普通でないことにチャレンジすることでの人間性の幅の広がりもある。
自分の中の普通をもっと伸ばすことと、自分としては、普通でないところにチャレンジし、それが普通になったとき、なんだかものすごい成長を遂げそうな気がします。
今日はこちらの質問はいかがでしょうか?
今生でのチャレンジは何だと思いますか?
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