何か返してあげなくちゃと思って、会話がうまく進まない悩みについて。

友達の悩み相談を受けている時に、何か返してあげなくちゃと思って、

探しているうちに、相手の話も先に進んでいて

返す言葉が見つかった時は、ずれているを繰り返していて、

会話が全然楽しめていない自分・・・

相手の会話を聞きながら、自分の世界に次第に入ってしまうことが

ずっと悩みの種のようでした。


相手の言葉を感じて、感覚の赴くままに言葉を出せたらいいのにとか

余裕を持って話が聞けるようになりたいとおっしゃっていました。


別に、どう返したっていいし、正解はないし・・・

そういうことは分かってはいるそうです。

だけど、「そーんなんだ」だけで返すことでは、

言葉が少なすぎて、どうなんだろう?と思うし、

もし、ちゃんと返したとしても、

相手のネガティブな感情に共感していると

自分自身の根暗な部分まで、でてきやしないかということも恐れていて、

返答に関しては、いい人でみられたいという気持ちがあることが分かりました。


「会話において、いい人でみられたいということはどういうことでしょうか?」

と質問してみると、「いい答え、解決策を相手はきっと待っているから、

いいアドバイスをちゃんと言ってあげられる人、いい言葉を返せる人になりたい」

という思いがありました。


でも、「『ふーん』でよかったとしたら?」

とさらに聞いてみると、少し沈黙してから、

「いい答えを探す旅に出ていたんだわ、私」と我に反っていました。

それが、自分の世界に入ってしまう理由だったんですね。

何か返す言葉が見つかったときには、相手の言葉が進んでいて、

タイムラグがでて、あわない返答になってしまうわけです。


そこに思い込みがありました。

「こちらが相手のために答えを出してあげなくちゃ」と。

そうしないと、役に立たない人間になってしまうのではないかと心配のようでした。


実際はどうでしょうか?

相手の中に答えがあるのではないでしょうか?

こちらが答えを出してあげる必要はないのです。


今回の震災の話にもつながり、

募金をした後のお金がちゃんと使われるのだろうか?

というところの心配までして、辛くなっていたそうです。

お金が渡ったら、使う人がどう使うか決めていただければいいのです。

だから、そこまで心配しても、その心配は心配なだけで、

直接何かが届くわけでもないです。


相手の中に答えがあることを信じられれば、

もう少しニュートラルでいられるのではないかと思います。



小学校2年生と5歳のお子さんがいらっしゃるそうです。

5歳に話しているほうが楽なんだそうです。

純粋に話を聞いてくれるからだそうです。

2年生は、お母さんが喜びそうな答えを一生懸命探して、

人の目を気にしているところが見えると少し苦しくなると言っていました。



何の答も用意されてないことは、

相手に自由と安心感を与えられるのかもしれません。


 今日はこちらの質問はいかがでしょうか?

会話をするときどんなことを考えていますか?

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