甘い選択をしたと思って自分を責めがちなときのニュートラルな考え方について。

 心の葛藤について、紐解いてみるセッションでした。

 その葛藤が起きる場面とは、「できれば行動したくないけれど、行動しないと不安になるとき」だとか。そして、行動しない、甘い選択をした自分を責めがちとのこと。

 「あるあるある!」と思う方も多そうですね。きっと普段は、一生懸命に仕事をされているからこそ、その様な葛藤が起こるのでしょう。

 せっかく、お花見に来ていても、心ここにあらずで、お花見に来てしまった自分を責めたり。本当は早く会社に行こうと思ったのに、30分多く寝てしまった自分を責めたり。

 そんな時に、甘い選択をしたと、自分を責めてしまいがちなのだそうです。
その選択肢が「甘い」と決めているのも、決めつけですね。知らないうちに、マイルールになっている。

 ただの決定に対して、責める必要はないのではないでしょうか。
どうすれば、責めない形で、自分自身の決定について、納得出来るのか?
どう考えたら、いいも悪いもなくニュートラルになるのでしょうか?

 普段は、怠けているわけでもなく、決まったことに関しては、しっかりとやっている。
しかし、どっちでもいいときに、ついつい自分を甘やかせたなぁと思う行動の方になってしまって、後から自分を責めてしまう。
 自分のことを責めることで、他人にも無意識で辛く当たってしまいます。できれば、自分を責めないほうが心穏やかにいつもいられるでしょう。

 「甘い」と思っているのは、世間の判断なのか? 別に同じ場面が起きても「甘い」と思わないタイプもいるわけです。

 どっちでもいいのなら、「本当はどっちがいいの?」と改めて聞いてみて、その気持ちに素直に従ってみてはどうでしょうか。

 甘やかせているという考え方ではなく、ただ、そっちの方を選んだということです。
しかし、自分に厳しいタイプならば、「そっちを選んだ」というだけでは、きっと自分の決定を納得できないでしょう。

 次の段階で考えてみることは、「選んだほうに意味を持たせる」ように考えてみればいいのです。

 甘い選択をした自分はダメだ、と考えるタイプは、「自分は常に意味のある一瞬一瞬を過ごしたい」ということを根底で思っているのだと思うのです。
 意味を持たせるとは、「これも必要なんだ」と考えられればいいのです。

「30分多く寝てしまった」
→「30分多く寝る方を選んだ。選んだということは、きっと何か必要なのかもしれない」

「遊んでしまった」
→「遊ぶ方を選んだ。きっと、そこに学びがあるのかもしれない」

 そんな風に、いつも考えることができるようになれば、自分の気持ちに素直に従って行くことが大事であり、自然と自分に必要な学びをいつも得られるようになるのではないでしょうか。

 また、どんなことが起きても、「意味がある」と思えるようになって、自然の流れにも身を任せることができるしなやかさや、運の強さも持てるようになるのかもしれないですね。

 自分の気持ちに素直に従うこと。どんな決定を選んだとしても、きっと意味があるはずですから。


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