一生懸命、という自然

本当の自分になると、

不思議と、「頑張る」って感覚がなくなります。


「頑張ろう」としてないのに、

気づいたらずっと集中していたり、

細かいところまで手をかけたくなったり。


「これをやらなきゃ」じゃなくて、

「これをやりたい」でもなくて、

ただ、“そうするのが自然”みたいな動き方が始まります。



それってたぶん、

「一生懸命」っていう状態なんですよね。


だけど私たちは、

「一生懸命=がんばってる」って、

どこかで思い込んでいる気がします。


本当の自分に近づいたときの一生懸命って、

苦しくないし、義務でもない。

なのに、丁寧で、まっすぐで、深い。


なにより、「これ、私だったな」って感じがする。

だから、努力してる感覚がないのに、

すごく丁寧なものが生まれる。


自分にとっては自然なことなのに、

誰かからは「すごいね」と言われたりする。


そのとき気づくんです。

「本当の自分って、ちゃんと“動ける”人だった」って。


変わらなきゃいけないと思っていた自分。

頑張らなきゃと思っていた自分。

それは、恐怖のフィルターを通して見た自分だったのかもしれません。


恐怖が薄れてくると、

自然と、手が動き出す。

一生懸命が、ただの暮らしの中に戻ってくる。


それが、“戻る”ということなんだと思います。

本当の自分は、怠け者じゃなくて、抑えられていただけ。


🎯締め一文:

「がんばらなくていい」と言われたとき、

本当の自分は、

そっと一生懸命になる準備を始めているのかもしれません。


また、書きます。

Official Site

0コメント

  • 1000 / 1000