静かになったコミュニティー
最近、AIによって増えたものと減ったものについて考えていました。
きっかけは、長年運営してきたコミュニティーの変化です。
2018年から続けている「1D1U」では、参加者が朝と夜にコメントを書き込み、互いの気づきを共有していました。
そこから会話が生まれ、仕事を依頼し合ったり、実際に会いに行ったり。私が企画したプログラムを超えて、新しい活動が始まることもありました。
ところが、コロナ禍を経て、コミュニティーは少しずつ静かになっていきました。
一方で、私はAIを使って、プログラムを一人でも進められる形に変えてきました。今では、誰かのコメントを待たず、自分のペースで振り返りを深められます。
便利になった。でも、参加者同士の交流は減った。
AIによって一人でできることが増えると、人とのつながりは減ってしまうのだろうか。
そんなことを考えていたのです。
一人でできることが増えた、その先で
ところが、自分自身を振り返ると、逆のことが起きています。
AIを使うようになってから、文章を書いたり、Webページを作ったり、外国語で発信したりすることが、ずいぶん手軽になりました。
以前なら時間や費用がかかっていたことも、思いついたときに試せます。
Etsyを通じて海外の人に作品を届けることも、その一つです。
一人でできることが増えたから、誰とも関わらなくなるわけではない。
むしろ、言葉や技術の壁が低くなったことで、これまで接点のなかった人ともつながれるようになってきました。
一人でできることが増えるほど、人との関わりは減る。
最初の問いは、少し単純すぎたのかもしれません。
写真が生まれても、絵画は終わらなかった
ここで思い出したのが、19世紀の写真の登場です。
写真によって、現実の姿を記録するという絵画の役割の一部が変わりました。
でも、絵画はなくなりませんでした。
19世紀後半には、印象派の画家たちが、光の変化や色彩、その瞬間に感じた印象を描く新しい表現を追求していきました。
もちろん、印象派の誕生には、写真だけでなく、さまざまな要因がありました。
それでも、新しい技術が登場したからといって、人間の活動が終わるとは限らない。これまでとは違うことを始めるきっかけにもなるのです。
AIも、そうなのかもしれません。
AIが文章を書くから、人間は書かなくなるのでしょうか。
AIが相談に乗ってくれるから、人と話さなくなるのでしょうか。
私自身は、AIによって一人でできることが増えるほど、やってみたいことも、人と関わる機会も増えています。
広げたかったのは、コミュニティーではなかった
ここまで考えて、もう一つ気づきました。
私は、コミュニティーを大きくしたかったわけではないのです。
以前、参加者同士が交流し、そこから新しい活動が生まれていたことは、今でもうれしい記憶です。
でも、その人たちがいつまでも私のコミュニティーに集まっている必要はありません。
それぞれが自分の関心を追いかけ、知らなかった世界へ出ていく。
私が望んでいたのは、そちらだったのだと思います。
かつては、コミュニティーがそのきっかけを作る場所でした。
今はAIによって、一人ひとりが自分で考え、学び、試すことが以前より簡単になっています。
もちろん、継続的な交流の中で育つ信頼や関係には、それ自体の価値があります。以前のコミュニティーで生まれていたものが、すべて置き換わったわけではありません。
それに、以前の参加者たちが今どんな活動をしているのか、私がすべて知っているわけでもありません。
ただ、少なくとも私自身は、AIによって一人でできることが増え、以前より広い世界で人と関わるようになりました。
だから、コミュニティーが静かになったことを、人とのつながりそのものが失われたと考える必要はないのかもしれません。
これから何が生まれるのだろう
最初は、AIによって増えたものと減ったものを数えようとしていました。
でも、考えているうちに、問いが変わってきました。
AIによって、これまでになかった何が生まれるのだろう。
一人でできることが増えると、一人で過ごす時間も増えるのかもしれません。
でも、その先で新しい人に出会うこともある。
以前と同じコミュニティーの形を守らなくても、人と人がつながる可能性は広がっていくのかもしれません。
私にとっては、もうルネサンスが始まっているのです(笑)。
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