「変わりたいです」
たくさんの人が、そう言います。
でも、最近わかってきたのは、
「変わらなきゃ」と思うときほど、実は“元の自分”から遠ざかっているときだということ。
子どもの頃、私たちはもっと自由だった気がします。
変わろうとしなくても、そのままの感覚で生きていた。
でも、怖い思いをしたとき。
傷ついたとき。
理解されなかったとき。
少しずつ、「恐怖に適応した自分」を作り始めたんだと思います。
強く見せたり
いい人でいようとしたり
反応しないようにしてみたり
それは全部、“生き延びるためのすごい知恵”だった。
でも、それが長く続くと、
だんだん「本当はこうしたかった」自分が、
見えなくなっていく。
だから、“変わる”必要があるんじゃない。
恐怖の上に重なっていた反応たちを、少しずつ「やめていく」だけ。
恐怖が薄まると、自然と動き方が変わります。
我慢しなくてもいい。
期待に応えなくてもいい。
空気を読みすぎなくてもいい。
そうして残ったものが、
きっと「元の自分」なんじゃないかな、と思うんです。
1D1U LANDで行っているのも、そういう在り方のプロセスです。
「こうなりたい」と思う代わりに、
「今日、何をやめてあげる?」という問いを立てていく。
変わるためじゃなくて、
思い出すために、ジャーナルを書いています。
思い出しているのは、
“恐怖がない自分”という、とても静かな存在感です。
だから、焦らなくていい。
頑張らなくていい。
書けない日があっても、うまくできなくても、
それも全部、戻っていく途中の景色。
何も起きなかった日も、
「今日は、大丈夫だった」が残ったら、
それだけで十分なんです。
🎯終わりに一文:
変わらなくていい。
それは、自分に帰るときの、最初の合図です。
また、書きます。
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