怒りから、次の成長が見えたセッション。

 小説『ノルウェイの森』の中で、「我々は、その哀しみを哀しみ抜いて、そこから何かを学び取ることしかできないし、そしてその学びとった何かも、次にやってくる予期せぬ哀しみ対しては何の役にも立たないのだ」というのを読んだことがあります。

 それを読んで、感情を味わうことで、何かを学べたり、ネガティブな感情を昇華できるものだと、理解したことがあります。そして、私もその様に、自然に逆らわず、味わって気づくことが多くなりました。

 クライアントさんたちにも、感情を味わうことを教えています。
 しかし、ネガティブなことを感じると、悪い引き寄せが来るのではないかと思う方も少なくありません。
 きっと、その通りでしょう。「ネガティブを思うとネガティブが来る」。その考えは、ネガティブは悪いものと、根底では思っていることになるので、ネガティブを引き寄せてしまうのではないでしょうか。

 今回のクライアントさんは、最近、怒りを感じることが多くなったようで、セッション準備用紙に以下のことが書いてありました。

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 昨年のセッション以来、心の着ぐるみを脱いで過ごすようになってきたからでしょうか、自分の気持ちを感じる感度が更に上がってきたような気がします。そして、最近は「人はこうあるべきではないか」と思い込んでいて、友人や他の人の行動が気になってしまった1週間でした。

 ただ今まで「怒りたくない」「いい人に見られたい」という気持ちが強くて、感情を必要以上に押さえていたからかなと思いますが、怒りをどんどん感じることが多くて、まだうまく怒りと向き合いきれていないような気もしています。

 怒りがどんどんこみあげてきた時に、味わい尽くすべきなのか。でも味わうと結構苦しくて、ワーッと叫んでしまったくらい苦しかったので。感じた感情の上手な味わい方を習得したいです。

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 「習得」は置いておいて、とにかく話を聴いてみることから始まりました。

 最近、ご友人と旅行へ行かれたそうです。その時、自分の価値観と違うことを相手の中に見たときに、「なんだとぉ?」と思ったそうなのですが、「いいよ、いいよ」と自分の本心を探られたくないから、そう言ったそうなのです。

 そのほかの場面でも、「それっておかしくない?」と思うたびに、本心を悟られないようにすることが続き、後から、怒りがこみあげるというサイクルにハマっていました。

 今までは、「そういうもんだ」とさっぱりしていたはずなのに、心の中の着ぐるみを脱いだせいか、「気になる」ことにあがり、本心を隠すのがコントロールできなくなったのではないかとの自己分析をされていました。

なぜ、自分の本心を隠すことにしているのでしょうか?
また、隠さなくてはいけないのでしょうか?

 「隠すことで、相手のありのままを尊重したい」そう想っているようにも見えます。そこから、相手を受け入れてあげたいと想う気持ちがなんとなく見えてきました。
 今までは、しょうがない、で割切っていたとおっしゃいましたが、それは、受け入れるとは、違う気がします。
 現在は、割り切るのは違うんじゃない? でも、受け入れられない自分。 どう受け入れればいいんだろう?ということで、新しい悩みに発展しているようにも見えてきました。

 ここで、クライアントさんは、最近の怒りの理由を自分でまとめ上げて言いました。「自分の中で、この人はこういう人だとレッテルを張り、それと違うと驚くんです」と。

私が、「キムタクがキムタクらしくないことをすると、びっくり? とかそういうことですか?」と言い換えてみたら、まさにそのようでした。

 それから、もうひとつ質問をしました。
「AKBの人が丸刈りにしたのも、ファンからしてみたら、びっくりですよね。でも、もし、そのことに関して、びっくりしないとしたら、自分は相手にどんなことをしていると思いますか?」

 「なぜ、そうしたのかな? と知ろうとすること。ありのままを受け入れつつ、知ろうとすることですね」と、お答えになり、その答えに納得感があったようで、これから、自分がそうしていけばいいのかと、ご自身で気付かれました。

 セッション全体を通して、心って面白いなと感じました。
 クライアントさんは、セッションを繰り返していく中で、自分にはレッテルを貼らなくなったのです。そして、心の中の着ぐるみも脱いで、ちゃんと相手を見るようになったら、今度は、自分で自分にレッテルを貼っている人に違和感を持つようになっていきました。
 今までは、割り切って相手のことを見ていたので、何事もなかったのですが、割り切っているということは、「相手はこういうタイプ」と、レッテルを貼っていたということです。
 心の成長は、次の段階へ向かおうとしていましたが、実際、していることが今までと変わらないところがあり、なんとなく引きづられていたようですね。心は先に気づいているものです。

 これからは、レッテルをはらずに、本質を見ようとすること。それに取り組む覚悟をすることが、成長に必要なのではないかと見えてきました。

 お仕事は、相談業務がメインの方なので、これからの聴き方に変化が現れること間違いないですね。

 今回の怒りは、次のステージへ行くための大きな扉だったようでした。

 今日はこちらの質問はいかがでしょうか?

自分にレッテルを貼っていることはありますか?